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グローバル・レガシー企業の DX と課題|MUFG 櫻井氏・トレジャーデータ堀内氏|GLOBALIZED2020

作成者: 佐藤菜摘|2021/03/01 4:18:00

Wovn Technologies株式会社が開催する(以下「WOVN」)、「テクノロジー」をテーマにした年次イベント「GLOBALIZED」。2020年は「テクノロジーで解決する、日本が直面する4つの『限界』」をテーマに7つのセッションをお届けしました。

3番目のセッションでは、「グローバル企業におけるデータ活用のベストプラクティス〜レガシーな企業運営の限界〜」と題し、三菱UFJフィナンシャル・グループ (以下「MUFG」)櫻井氏と、トレジャーデータ株式会社(以下「トレジャーデータ」)堀内氏の対談を実施。

日本は世界一100年企業が多い国ですが、歴史があるために DX に課題を持つ企業も散見されます。レガシー企業はどうやってデータ活用や DX を進めるべきなのか? 堀内氏の進行の元、グローバルな巨大企業・MUFGグループの取り組みについて櫻井氏に話を伺いました。

【登壇者】

櫻井 貴之 氏
三菱UFJフィナンシャル・グループ 執行役員 グループ CDO 兼経営情報統括部長
1994年 慶應義塾大学法学部法律学科卒業。同年株式会社三菱銀行入社。MIT Sloan Fellows Programにて経営学修⼠(MBA)取得。シンガポール、米国にて海外拠点運営に従事。帰国後はリスク統括部、経営企画部にて本部管理業務を歴任。2020年4月、執行役員CDO兼経営情報統括部長に就任し、現在に至る。

堀内 健后 氏
トレジャーデータ株式会社 マーケティングシニアディレクター
プライスウォーターハウスクーパースコンサルタント (現、日本アイ・ビー・エム)、マネックス証券での勤務を経て、トレジャーデータの日本法人設立当初の2013年2月から日本の事業展開に従事。PR からマーケティング、事業開発まで担当。

レガシーな仕組みは丁寧にリプレイスしてエラーを防ぐ

櫻井(MUFG):
MUFGグループ CDO(チーフデータオフィサー)の櫻井です。MUFG では3年ほど前から DX を推進し、ようやく形になってきたところです。本日はよろしくお願いします。

三菱UFJフィナンシャル・グループ 執行役員 グループ CDO 兼経営情報統括部長 櫻井 貴之 氏

堀内(トレジャーデータ):
トレジャーデータの堀内です。よろしくお願いします。さっそく本題に入りましょう。MUFGグループには莫大な量のデータがあると思いますが、データ活用に関してどのように考えているのでしょうか?

櫻井(MUFG):
私たち銀行はお客様からすでに、毎日の引き落としデータ等、量質ともに優れた多くの情報を頂いております。だからこそデータをお預かりしていることを自覚して、しっかりとデータを活用していくべきだと考えています。

お客様との取引・サービスに対してデータをどう活用していくか。そして企画業務や管理業務等の社内プロセスに対して、どうデータ活用やデジタル化を進めていくか。この2つの観点から、データ活用に取り組んでいます。

堀内(トレジャーデータ):
銀行では堅牢なシステムによってデータが守られている印象がありますが、これまでデータはあまり活用されてこなかったのですか?

櫻井(MUFG):
例えば法人顧客の国内外でのデータは活用できるような仕組みを整えていますが、小口取引の口座情報はあまり活用されていません。情報の種類が多岐に渡るため、すべてにコストをかけて整備・活用するのは難しいのが現状です。

そこで既存のレガシーな仕組みは効率・集約化を重視してリプレイスし、今まで活用されなかった情報は新しい観点で活用法を考えるという整理をしています。

堀内(トレジャーデータ):
レガシー企業がデジタル化するとき、すでにある仕組みが大きいことが障害になるイメージがありますが、うまくデジタル化するためのポイントはありますか?

櫻井(MUFG):
イノベーティブな仕組みを使って一足飛びに変えるのではなくて、一つひとつ丁寧にリプレイスしていくことでしょうか。レガシー企業は既存の業務フローがしっかり構築されているので、エラーを起こさずに新しい仕組みに切り替える労力がとても大きいのです。

だから全部をデジタル化するのではなく、既存の仕組みからリプレイスする部分と、新たに構築する部分に分けて考えるようにしています。

日本独自の優れた技術がイノベーティブの障害に

堀内(トレジャーデータ):
日本は世界で一番100年企業が多い国。定着した業務やお客様との取引を急にデジタル化するのは難しそうですよね。

櫻井(MUFG):
そうですね。ただ日本の次にレガシー企業の多いアメリカが、しっかりと新陳代謝を行っているので、日本も社会的な要請に従って動いていく必要はあります。

堀内(トレジャーデータ):
トレジャーデータはアメリカの企業なんですが、アメリカはもともと国土が大きいので、データを分析しないとビジネスが難しい面があります。MUFGでもアメリカ企業や銀行を研究しているんですか?

櫻井(MUFG):
MUFGはシリコンバレーのオフィスや、アメリカ西海岸の「MUFGユニオンバンク」を抱えているので、現地の情報に接する機会は多いです。それにアメリカは金融業の在り方を考える上で極めてに重要な国。いろいろな先進事例もあります。

アメリカではチェック(小切手)があまりにも不便だったので、それを打ち破るためにイノベーションが起きました。しかし日本の場合は「全銀システム(編注:銀行間の内国為替取引に関して、オンライン・リアルタイムで資金決済を行うための銀行間ネットワークシステムのこと)」という仕組みがあるので、そのような話に至らない。すでにある堅牢なシステムがイノベーションを進める上で障壁になっているんです。

堀内(トレジャーデータ):
もし全銀システムよりもイノベーティブなものが出てきたとき、どう対応すべきだと思いますか?

櫻井(MUFG):
今あるシステムを継続的に稼働させながら、リプレイスも同時に行う必要があるので、非常に大かがりな作業になります。置き換えたシステムがグローバルスタンダードになるなら問題ないですが、日本独自の優れたシステムでも日本の中でしか使えない仕組みもあるので、何に置き換えるべきかはしっかり判断すべきでしょう。

堀内(トレジャーデータ):
トレジャーデータのお客様は日本に400社ほどいるのですが、既存業務のコスト削減と売上げを向上させる施策をセットで提案すると納得されることが多いんです。仮に既存業務が高コスト体質なら、クラウドや DX によってコスト削減し新しい業務に取り組むという手も考えられますか?

櫻井(MUFG):
十分考えられます。日本の人口がこの先減少していく中で、顧客が急激に増えることは考えにくいので、既存業務をいかに効率化してリプレイスするかは重要な焦点です。しかしリプレイスだけにフォーカスするとただのコストカットや縮小になってしまいます。

レガシー企業がリプレイスと並行して、新しいビジネスの芽を見つけて育てていけば、イノベーションも少しずつ前に進んでいくはず。それが日本全体にもいい影響を与えるのではないでしょうか。

堀内(トレジャーデータ):
銀行のような大きな企業だと、チャレンジや失敗が難しいと思いますが、そこはどうクリアしているのでしょうか。

櫻井(MUFG):
既存の業務が膨大で、且つ求められるレベルも高く、同じ水準で考えるとイノベーティブなことは否定されがちです。そこで DX や新しい業務に関しては、既存業務と同じリスク判断ではなく、分けて考えるような仕組みを作っています。

こうした判断は、経営層のトップである亀澤社長のコミットの強さもあって実現しつつあります。レガシー部分を整理して銀行が収益を伸ばしていくことは、国民経済に影響する企業体としての責務でもありますから。

すべての人を対象とする銀行業の責務

堀内(トレジャーデータ):
銀行は元々、一方から預金を集め、もう一方に融資するという B2C と B2B の両輪で動く仕組みを持っています。この業務が最近変わってきていますよね。

櫻井(MUFG):
銀行は元々、融資金利と預金金利の金利差を収益とするビジネスを行ってきましたが、ここ20〜30年で金利が低下しているため、従来のような収益構造では立ちゆかなくなりました。送金等の手数料やサービスの販売手数料をいただく仕組みも作っていますが、この先どうなるかは未知数です。

そこでデジタル化してコストを下げるだけでなく、お客様のビッグデータを使って、必要なサービスを創り出していくことも考えています。このような金利市場や経済情勢がいつまで続くか分からないですが、少なくともデジタル化により構造改革を進めることは間違いなく重要です。

堀内(トレジャーデータ):
デジタルやデータを使って、グローバルニッチなビジネスを見つけ、収益化していくと。

櫻井(MUFG):
あとは大前提として、日本の銀行の在り方や業務を規定する「銀行法」には、「銀行の健全なサービスを国民全体が使えるようにしなさい」といった内容の規定があるため、銀行がお客様を選ぶような対応はできません。

例えば、取引フローをデジタル化して問題ない顧客が多かったとしても、IT リテラシーが追いつかない顧客のために紙や対面での取引も残す必要があります。この両者との接点をどう用意していくのかも、DX における重要な課題です。またコロナをきっかけに、従来通りの対面取引や店舗体制がどこまで必要なのか等、さまざまな検討が必要になりますね。

レガシー企業のグローバル展開と DX

堀内(トレジャーデータ):
グローバルに展開していると、日本で起きた動きをアメリカやアジア等で活かすこともできますよね。その際のポイントは何でしょうか?

櫻井(MUFG):
グローバル展開をするときに見極めたいのが、その国がどんな文化でどういったサービスを享受したいかということです。その一方で各国の共通項をしっかり捉えないと、ガラパゴス化してしまいグローバル展開が難しくなると思います。

堀内(トレジャーデータ):
グローバルニッチで収益化できる部分を探しながら、グローバル展開を考える。その際には共通基盤を見定めて効率化し、その上でローカライズしていく必要があるんですね。

櫻井(MUFG):
例えば日本国民はごく当たり前に銀行口座を作成できますが、アメリカではさまざまな理由から人口の約2割が健全な銀行口座を持てません。そうすると、取引できない方が排除されるような状態になってしまいます。

日本の金融機関が収益性だけを追い求めていくと、これと同じように一部の顧客を排除することになりかねないので注意すべきです。実は口座を作成するだけでも結構なコストがかかるのですが、その手数料をいただくことが社会的に受け入れられないなら、別の手段を考える必要があります。

日本の制限・制約をどう乗り超えるかを考えて、金融サービスをくまなくカバーする社会基盤としての役割をしっかり考えないといけません。

堀内(トレジャーデータ):
レガシー企業の DX は競争優位を保つためというより、マストでやるべき課題ということでしょうか?

櫻井(MUFG):
そうですね。レガシー企業は強いポジションにいると思いますが、その責務をしっかり全うしていかないと、社会全体の陳腐化に繋がってしまうと思います。基盤産業である私たちこそ、覚悟を持って DX に取り組まないといけません。

また今後のグローバル展開に関しては、日本のビジネスモデルで成果を上げた仕組みを、日本のスタンダードとしてグローバル展開するのがベストだと考えています。その仕組みをなるべく安価に世界標準にするにはどうしたらいいかを考えていくのがポイントでしょう。

堀内(トレジャーデータ):
銀行としての将来の展望も伺います。データを預ける「情報銀行」等、お金を預かる以外のサービスが生まれる可能性はありますか?

櫻井(MUFG):
私見ですが、銀行の持っている匿名加工情報をサービスとして売ることは起こり得るのではないかと思います。その際は、お客様が銀行を信頼して預けている情報を流通させていいのか、銀行側でよく考えないといけません。

ただ一方で、信頼して預けていただいたデータをサービスに変えていく必要性も感じているところです。ハードルは高いですが、預けていただいたデータを守りながらサービスに繋げていくことにチャレンジしたいと思います。

堀内(トレジャーデータ):
櫻井さん、貴重な話をありがとうございました!