Wovn Technologies株式会社は、2023年2月16日に国内最大級のインバウンド特化型カンファレンス「GLOBALIZED インバウンド 2.0」を東京タワーにて開催し、訪日観光に関わる多様な業界の方に向けて「訪日 DX で進化する日本の未来」をテーマにお届けしました。
当セッションでは、「集英社が世界中のマンガファンに向けて立ち上げた越境 EC "SMAH(SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE)"の成功の秘訣」と題して、SMAH がどのような変遷を経て海外の人々を魅了できる事業となったかのお話を伺いました。
【登壇者】
ダニエル・ヘフェルナン 氏
ストライプジャパン株式会社 代表取締役
2014年にStripe日本法人を創設。以来、日本向け製品の開発や組織の拡大に尽力し、日本市場向けビジネスの経営および開発を統括。エンジニアリングと日本に深い情熱を持ち、ソフトウェア開発暦および日本語を学び始めてから共に20年以上の歳月を重ねる。Stripeへの参画前は、クックパッドでエンジニアとして従事。東京大学にて情報理工学修士号を取得。
岡本 正史 氏
株式会社集英社 集英社デジタル事業部 次長
集英社マンガアートヘリテージ プロデューサー
東京藝術大学美術学部卒業後、株式会社集英社入社。女性誌、女性誌ポータルサイトを経て、マンガ制作のデジタル化に参加。集英社刊行の主要コミックスをアーカイヴしデータベース運用する「Comics Digital Archives」を企画・実現。『週刊少年ジャンプ』等のマンガ誌の制作環境のデジタル化を行う。デジタル事業部に異動後「Manga Factory」「SSDB(集英社総合データベース)」「SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE」などを立ち上げる。
ダニエル(ストライプ):
まず、集英社さんが2021年の3月に「SMAH」という事業を始められた理由と背景を伺えますか?
岡本(集英社):
実は、プロジェクトのきっかけは2007年、今から約15年ぐらい前ですね。
今ではデジタルテクノロジーが一般的になり、スマートフォンが身近なものになりました。
でも、その頃まだマンガの製作は全くデジタル化されておらず、ほぼ全てのマンガ原稿に「写植」を貼って入稿していました。「写植」は「写真植字」の略で、文字を印画紙に焼き付けたもの。その印画紙を切って原稿のふきだしなどに貼っていたんです。15年前までは、集英社のマンガ雑誌、雑誌、コミックスなどはほぼ写植で文字組版して製作していました。
この写植をデジタルフォントに切り替える担当になったんですね。あわせて『ONE PIECE』など、みなさんご存知のマンガを印刷するための「元」も、データではなく「製版フィルム」でした。これらのフィルムをスキャニングして高解像度のデータとして印刷に使用しつつ、アーカイブするという取り組みを始め、「コミックスデジタルアーカイブス」、略称して「CDA」という名前を付けました。また、集英社のラボ課でカラー原画の高解像度スキャニングや撮影もはじめ、そのアーカイブも開始しています。雑誌やコミックスのサイズ以上にプリントしても品質が損なわれないデータ。この高解像度データの存在が、「SMAH」事業を始めた背景にあります。
(集英社 岡本氏)
岡本(集英社):
ちなみに、今『ONE PIECE』の新刊を持ってきていますが、これを1冊とカウントすると集英社が1年間に出すマンガは何冊だと思いますか?
ダニエル(ストライプ):
800ぐらいですかね?
岡本(集英社):
すごい!(笑)まさに800点以上を出しています。1冊200ページくらいあるので、単純に計算すると集英社だけで5分、6分に1枚ずつ新しいマンガが生まれている計算になります。その莫大なコンテンツを資産にしようと、2007年に集英社は、新刊を基本的に全部データ化して保存することを始めました。
今、1万8,000冊以上分の膨大なデータが CDA にあります。この仕事を始めて気付いたことですが、普段手のひらに乗るサイズでマンガを読んでいますが、拡大しても拡大しても、絵が細かく書き込まれている作品が山ほどあるのです。「この手のひらサイズだけで世の中に出しているのはもったいない」と感じました。
そんな思いを抱えつつ、デジタルコミック配信や、海外版の利用など、色々なところにデータが使われてきました。2019年に世の中にブロックチェーンの話が出てきた際に、紙のハイクオリティのプリント作品をブロックチェーンと紐付けて販売証明書を繋げれば、世界に通じる事業ができるのでは、と検討を始めました。それが形になり、「SMAH」を世の中にリリースしたのが2021年3月ですね。
ダニエル(ストライプ):
すごいですね。私が日本語を勉強しようと思ったきっかけも、マンガやアニメを通して興味が湧いたからです。日本のマンガアートと NFT の技術が一緒になるとは本当に画期的ですね。
岡本(集英社):
僕らが検討し始めた時は「NFT」という言葉を、まわりの誰も言っていませんでした。ですが、ローンチする前に突然「NBA Top Shot」や「Beeple」が話題にあがり、「SMAH」がリリースされた後は日本でも世界でも NFT と同じ文脈で取り上げられるようになったので、非常にありがたい話でした。
SNSなどで短くまとめられて「ワンピースが NFT に」など、実際と違うものとして伝えられてしまったこともありますが、僕らはプリントを販売し、それに NFT連携 の販売証明書を紐づけています。
おかげさまでリリースから2年経った今年に入り、『ONE PIECE』『BLEACH』『ベルサイユのばら』『天上天下』『イノサン』など多くの作品から、田名網敬一さんと赤塚不二夫さんの作品コラボレーションを実現することができました。去年時点で1,000点を越える作品を世界中に買っていただき、数億円の売り上げになりました。
ダニエル(ストライプ):
素晴らしいですね。ニューとオールド、つまり最新のブロックチェーンの技術と、職人文化・日本ならではの印刷技術などのオールドテクノロジーが融合する、なかなか珍しい事業ですね。
岡本(集英社):
今年発表した「田名網敬一+赤塚不二夫」ではグラビア印刷機を活用しています。実は「グラビアアイドル」という名前はグラビア印刷で刷られているから「グラビアアイドル」という名前がついたんですよね。一昨年の12月、集英社でグラビア印刷しているもの機は無くなり、全部オフセット印刷機に切り替わりました。現在の日本において、いわゆる出版社が刊行する出版物でグラビア印刷しているものは存在していない、という認識です。
グラビア印刷は、60年代、70年代の雑誌が元気なときに出版を支えてくれていた印刷技術です。実は印刷機の幅が80メートル、高さが10数メートルに及ぶ巨大なもので、印刷機というより建物のようでした。大部数を印刷しないとコストメリットがでないので、時代に合わなくなってきて、世界でも日本でもグラビア印刷機はどんどん無くなりました。
そこで、このグラビア印刷でアートプリントができないかと、「PLAYBOY日本版」の初代アートディレクターで、今世界的に活躍されているアーティストの田名網敬一さんにお声がけしたところ、赤塚不二夫作品とのコラボレーションが実現したのです。これは、オールドというよりロストテクノロジーになってしまう印刷を作品にして残し、あわせて印刷機が動いている様子を、次世代のために動画で記録する残試みでした。
(SMAH 紹介動画より、グラビア印刷機を見学する田名網敬一氏 協力:凸版印刷株式会社)
ダニエル(ストライプ):
もしこのプロジェクトがなければ、グラビア印刷機の動いている様子は、このように記録されなかったかもしれないですね。
岡本(集英社):
そうですね。どういう風に職人さんが働いているか、映像を含めて伝えていくことが大事だと思いました。「mangaart.jp」でご覧いただけます。
他には、美濃の職人さんにお願いして楮(こうぞ)を叩き潰すところから紙を漉いてもらうこともやっていただきました。できあがった和紙に、世界でも京都の1社しか出来ない「コロタイプ印刷」を行い、「BLEACH」の掛け軸を制作しました。
実はマンガが描かれるB4原稿用紙の起源が、江戸時代の「美濃判」のフォーマットにあることから、着想を得たものです。
マンガは活版印刷のために進化してきたといえます。戦後すぐの、質の良くない紙に大量印刷する安価なビジュアルエンターテインメントが始まりでした。マンガの独特な表現はモノクロの画面ですが、グレーの部分もよく見ると全部点で表現されています。
通常は大量印刷ですが、「高級な紙にマンガ原画の原寸サイズで本気の印刷をするとどうなるか」を実現したのが「The Press」と名付けている版画シリーズです。昔は東京の下町でも、どこにでも活版の印刷機がありましたが、日本全国で見つけるのが難しくなっています。私たちが見つけられたのは、長野にある1社だけでした。70歳過ぎの職人さんにお願いし、実現しました。
これらの作品にブロックチェーン・NFT で販売証明書を付けることで、新たな魅力を生み出し、広がりのある企画になっていると思います。
(ストライプ ダニエル・へフェルナン 氏)
ダニエル(ストライプ):
オールドテクノロジーとニューテクノロジーそれぞれの魅力がありますね。テクノロジーの話でいうと、我々ストライプが技術面で協力させていただいた時のお話を伺えますか?
岡本(集英社):
私たちは「スタートバーン」というベンチャー企業が提供するブロックチェーン・NFT を利用しています。ブロックチェーンを使う理由は、集英社が販売しているものに対し、「集英社が保証します」といっても世界に通用しないと思ったからです。
世界的にみると『ONE PIECE』は知っていても「集英社」という出版社の名前を知らない人がほとんどです。
なので、ブロックチェーン・NFT で販売の来歴が記録することで、公平で客観的な担保ができるのでは、と考えました。
世界販売するにあたり、スタートバーンさんからストライプさんの決済サービスを紹介してもらいました。実際海外の方が購入する際に、安定したクレジットカード決済が通ることは、とても大事なことの一つです。
あとは、売り上げを管理する画面がグラフィカルで、売り上げの推移が直感的に把握できるようになり、お世辞ではなく技術的・サービス的に素晴らしいなと思います。
私がすごく感動したエピソードがありまして、ストライプさんから「取り組みが面白いので取材させてください」と申し出があり、お話させていただいたことがあります。
後日、丁寧なお礼のカードと格好良い単行本が送られてきて、見ると「Stripe Press」と書いてあるんですよね。
決済サービスの会社のはずなのに、アナログで格好良い手書きのメッセージカードがきて、さらに「Stripe Press って何?出版もやってるの?」と驚きました。
デジタルで簡単に繋がれるようになった分、逆にコミュニケーションが雑になってしまう側面があると思うのですが、「紙」ってすごい伝わるツールだなと、出版社に勤める人間としてすごく考え直すきっかけになりました。
ダニエル(ストライプ):
集英社さんの前でお話するのも恐縮ですが、ストライプは出版事業も持っています。
創業者たちは本が大好きで、プロダクトを世の中に提供するだけでは社会全体が盛り上がらないという理由で、ビジネスやテクノロジー、もしくはサイエンスの業界全体を、本を通して発展させたいと始めた事業が「Stripe Press」です。
3月には、ストライプ元 COO で現アドバイザーであるクレアの本の出版が決まっています。来年もビデオや本など、いろんなメディアを通した新しいアイディアの発信に注力していく予定です。
(Stripe Press 公式サイトより)
岡本(集英社):
印刷・紙の面白さは、均質に同じものを作るのではなく、アナログで少しずつ違ったものができることにあると思います。私たちは「グーテンベルク meets ブロックチェーン」といっていたのですが、古いものと新しいもの、間に距離があればあるほど面白くなるのではないかと考えています。ちょうどマンガというコンテンツがあるので、古いものと新しいものを混ぜ合わせやすいのです。
ダニエル(ストライプ):
日本を好きになった訪日外国人が帰国後も日本と関係を持ち続ける、そういった領域でのビジネスにおいて、日本をアピールする秘訣、成功へのヒントなど、教えていただけますか?
岡本(集英社):
物事を少し引いて見る、かつ引いて見た時に上や先を見るのではなくて、もっと下の方に目を向けることを大事にすべきではないかと思っています。
私は福井県の若狭出身なのですが、小説家の水上勉さんは同郷です。小学生の頃に、講演会で、水上さんに直接お話を聞く機会がありました。地域やお寺の口伝のようなお話です。
当時はちょうどバブルで、大学を誘致したり、デパートを作ったり、街も盛り上がっている時代でした。しかし水上さんはご実家が貧しく、小僧としてお寺に出され、そこで勉強に励み、直木賞を取って小説家になられた方です。若狭のことはずっと大切にされていました。
「誰もが先のこと、未来だったり、経済や先端技術のような話をする。けれども、そうではなくて地べたを見なさい。夏の暑い夜。和尚さんのつかったお風呂の残り水を、小僧さんがお寺の庭の植木にかけてやる。植木の葉っぱについた水滴の一つ一つに、星が、宇宙が映りこんで光っている。そこにダイヤモンドがある。でも、みんなそれに気づかずに先を見ている。そうではなくて、まずもっと下を見ましょう」
私がさっき取り上げた、グラビア印刷や活版印刷のお話も、気付かなければそのまま無くなってしまうものだったかもしれません。でも、そうしたものと、新しいものを組み合わせることで「やっぱりこれって大切なんじゃないかな」と共感してくれる方々がいらっしゃった。そうして、事業として2年目を迎えることができたんですね。ありがたく、嬉しいことです。
ダニエル(ストライプ):
どんどん新しいものを探さなくてもよくて、足元を見てみたら実はそこにあった、ということですね。
岡本(集英社):
そうです。そのようなことが、実は世の中には沢山ある気がしています。
ダニエル(ストライプ):
価値の再発見ということで非常に参考になりました。ありがとうございました。
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