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マーケティングこそ経営だ!共通言語づくりこそマーケティングの力

作成者: 佐藤菜摘|2025/05/01 6:28:15

横河電機はエネルギー分野の設備投資拡大を追い風に、世界でビジネス拡大に力を入れている。中期経営計画「Growth for Sustainability(グロウス フォー サステナビリティ)2028」で環境・社会・ガバナンスの視点で事業活動に取り組み、社会価値と企業価値の向上を実現させるための変革を加速させている。その原動力となったのが長期経営構想の抜本的な見直しだ。CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)としてけん引してきたのが、阿部剛士氏(前執行役常務。3月10日退任)だ。2016年から2025年3月に退任するまでの9年間で横河電機を大きく変貌させることに貢献した。日本企業が、マーケティングの力で世界へ挑戦するポイントを語った。

――横河電機で CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)として取り組まれた9年間について教えてください。

9年前の2016年3月に入社し、私の役割はマーケティングの力で企業変革に取り組むことでした。グローバルで戦う企業へと変貌させることに取り組み、企業としてのトップライン、企業価値、そして強い組織を作ることを目的に活動をしてきました。結果として、9年間で企業価値(Market Capital)を4倍にまで引き上げ、日本で約170社程ある1兆円企業の仲間入りを果たすことに関われたことをとても嬉しく思います。(2024年5月時)


――企業価値4倍は大きな成長ですね。2016年に入社された当時、横河電機はどのような会社でしたか。

当時の横河電機は、日本の伝統ある B2B 製造業の課題をそのまま抱えている会社でしたね。まさに伸びしろだらけの会社だと思っていました。第二次世界大戦後における日本企業は、より良い製品を高品質で安価で提供することで成長してきました。いわゆる「プロダクトアウト」ですね。なので、マーケティングを必要とすることがあまりなかったと思います。

一方で、欧米で戦うには国籍や地域を意識し、ターゲットを明確にしなければならない。しかし日本では「Made in Japan」の時代は長く続いたことと日本マーケットの多様性が欧米と比べてシンプルであったことが、この国でマーケティングなるものが企業の中で育っていない理由だと思っています。

私はよく「マーケティングマインド」という言葉を使いますが、日本人にはなかなか理解されない。日本は、経済協力開発機構(OECD)加盟国でも、マーケティングに対する理解度は低いレベルにあると思います。それもあって、多くの日本企業はマーケティングの役割を誤解しているのではないでしょうか。

――といいますと?

「セールス」は日本語では「営業」、「マニファクチャリング」は「製造」や「生産」と訳されますが、では「マーケティング」は日本語ではなんと訳されるでしょう。多くの方が「マーケティング」を「販売促進」と訳されるのではないでしょうか。広報&広告やウェブコミュニケーション、ブランディングを想像する方もいるでしょう。もちろん間違いではないはありません。
ただし、それらは「狭義のマーケティング」で、マーケティングという氷山のごくごく一部分を見ているだけなのです。実際にはそんなに狭くない。マーケティングは「戦略」そのものであり、「科学」であり、そして「経営」そのものなのです。「いつどこに何を誰に対してどう売るのか」について最適な解を考えるものだからで、まさに市場に自然な流れを作りことがマーケティングの神髄だと考えています。なので「マーケティング」の日本語は「マーケティング」しかありません。

2016年の入社時に、マーケティングの力で企業変革を起こすべく、体制も整えてもらいました。マーケティング本部長の管掌範囲として、広報&広告、ブランド、ウェブコミュニケーションといった狭義のマーケティングのための資産だけではなく、コーポレートR&D(研究開発)や中期・長期事業計画を担う事業企画センター、知財(特許・商標)戦略、国際標準戦略のほか、新規事業、工業デザイン、渉外(ガバメントアフェア)もマーケティング本部傘下にしてもらいました。おそらくマーケティング本部にこのような各種役割を資産として持たしている企業は横河電機だけだったと思われます。新規事業については後でお話します。

ちなみにマーケティング(Marketing)は営業と違って、学問としても確立されています。マーケティングには「ing」がつき現在進行形で表現されるように、常に変化するものです。「会計」の「Accounting」と同じですね。日本はプロダクト・アウトの考えがこびりついていることで、世界から取り残されているように思います。実際に1990年からの20年間は、世界は「ブランドの時代」だったのですが、日本は蚊帳の外でした。私が以前勤務していたインテル社が「インテル・インサイド」プログラムを開始したのも、1990年でした。当時の横河電機もそうでしたが、日本企業は大量生産・大量消費を前提としたマーケティングが多いのです。そのため、組織そのものが、プロダクト・アウトをベースとして最適化されたままになっています。そのため、古典的なマーケティング(マーケティング1.0)からの脱却を急ぐ必要がありました。まず取り組んだのがマーケティングマインドを植え付けることでした。

コンサルに頼らず中期・長期事業計画策定

――社員の意識を変えるために、どう取り組まれたのですか。

まず組織をアップデートしました。どんなプランを立てても実行しなければなんの意味がありません。戦略と組織は表裏一体で、会社が置かれた状況で主従が変わります。

企業の成長と投資の関係性を表した S字モデルを使って具体的に説明してみましょう。事業を軌道に乗せるまでの期間「死の谷」を超え成長し始めたら、戦略は組織に従うだけで、余計なことはしない。いよいよ成長に陰りがみえ戦略的転換期(SIP)になったら、今度は「組織は戦略に」従うのです。後者が、いま多くの日本企業が置かれている現状ではないでしょうか。組織設計は企業改革の「1丁目一番地」といっても過言ではありません。

横河電機も新しく生まれ変わるべく、次の成長カーブを描くための戦略づくりに取り掛かりました。ちなみに横河電機の中期・長期事業計画づくりは、マーケティング部門が中心に担いました。多くの企業にあるような事業企画部門は当時ありませんでした。会社の方向性を示す羅針盤であるからこそ、コンサルティング会社の手を借りることなく、自らの手で作り上げました。2024年度からの最新の中期経営計画「Growth for Sustainability 2028」も同様です。

これがトップダウンの仕組みとなります。いわば上半身です。下半身は現場で、自発的に取り組んでもらうことが重要になります。命令では100%のパフォーマンスを発揮してくれず、指示待ち族のかたまりとなってしまう。抜本的な改革につながりません。

自発的(Willingly)な風土を作り出すためにも、重要なのがパーパスであり、ビジョンステートメントでした。パーパスは5年前に社員参加型で作りましたが、全社員のおよそ3人に1人にあたる5,000人が参加してくれました。多くの社員が参加してくれたので現場での腹落ちもし、理解度も深まっています。

ブランディングはお客様や外部のステークホルダーを対象に行う傾向にあります。実はもっとも重要で優先すべきステークホルダーは「社員」そのものです。横河電機でも数年かけてインナーブランディングに取り組んだ結果、ボトムアップで行動できる社員が増えてきたと感じています。まさに「社員ファースト」ですね。

トップダウンとボトムアップの取り組みが成果を出せてきたところで、大きな組織変更を行いました。2021年度からの中期経営計画「Accelerate Growth 2023(アクセラレート グロウス2023)」で、製品軸だった組織を産業ごとに変えたのです。現場からすれば「経営は本気で変える気だな」と思ったことでしょう。環境が変われば、社員の行動が変わり、やがて社員のマインドセットも変わる。さすれば企業文化も変わっていきます。

 

――トップダウンとボトムアップの施策が交差することで成果を発揮しやすい環境が整いましたね。

はい。経営はマーケティングそのものなのです。因数分解していくと、戦略と理論(サイエンス)に分けられます。日本企業の弱さとして、セオリーをみない傾向にあります。表層だけみて抜本的な改革にまでいきつかない。いきなりHOW(どうやって)という戦術から入ってしまうので、道具の議論になりがちです。でも、人間が動くにはWHYが欠かせません。企業が目的とする北極星と、それを達成するためのセオリーとロジックが必要なのです。もちろん、最近ではロジカル思考だけでは十分ではなくラテラル思考やクリティカル思考なども重要になってきましたが・・・。

 

――ここに欧米企業と日本企業の違いがありそうですね。

詳しくご説明しましょう。日本人はトヨタ自動車の「なぜなぜ分析(5WHY分析)」に代表されるように、あることを深堀りして考える技術は得意です。いわば帰納法に代表される垂直思考、ロジカルシンキングです。

一方で、水平思考が不得意ではないでしょうか。演繹法(えんえきほう)で考えていければ「そもそも A って問題なの?」となります。日本人は過去の事例にとらわれることなしに考えるのが苦手なのです。抜本的に変えるには帰納法では限界があります。特にパラダイム・シフトのような大きな変革に取り組む場合には、難しい。縦に一点を深堀りするのではなく、まさに対象を横にも広げて考えるべきなのです。

日本人の皆さんはまじめで平均点以上を必ず取るから「HOW」を考えるにはぴったりです。左脳型ですね。一方でマーケッターは右脳がとても大事で、「その手があったか」と言われることが最も嬉しいことなのです。つまり定石や先入観に縛られない考え方ですね。

 

――社員に演繹法を浸透させるためにはどのような点が重要なのでしょうか。

4つの眼を持つことが重要です。ひとつめが「虫の眼」です。近距離をみるため、つまり事実ですね。これは日本人は得意です。一方で2つ目として全体を俯瞰する「鳥の眼」。3つめが「魚の眼」で、世界の潮流を読む目です。VUCA ワールド をはじめ予測困難で変化が激しい時代だからこそ重要です。最後が「蝙蝠(コウモリ)の眼」です。上下逆さまに物事をみることを指しますが、これがいわゆる水平思考のアプローチになります。

これらはトレーニングで鍛錬することができます。横河電機でも30〜40歳代の方々にシナリオプランニングとして社員教育の一環として2019年からスタートしました。この取り組みは、2040年の未来シナリオ「不確実な地平線を描き出す」として横河電機のウェブサイトで公開しています。シナリオプランニングは、魚の眼や鳥の眼を養うにはもってこいの取り組みです。英蘭ロイヤル・ダッチシェル(現シェル社)をはじめ、欧米の大手企業はシナリオプランニングを積極的に活用しています。

欧米企業では悪いシナリオを想定し備えることに重きを置くことが一般的でした。私たちは逆に良いシナリオとするためにはどうすれば良いのか。実現するために必要な技術は何か。R&D の戦略にも落とし込む過程で、4つの眼を養おうと努力してきました。

 

――参加された社員にはどのような変化がありましたか。

シナリオプランニングに取り組む前後で、参加者の発言の質が変わってきたと感じています。経営者が話すような内容に変わるのです。最も変わるのが視野の広さです。地球規模の社会課題といったマクロの視点で考えることで、見える範囲が広がるのです。上半身と下半身を両方鍛えてこそ成果を発揮します。

 

――ちなみに、国内外で取り組みのしやすさに差はありますか。

実は日本が一番難しく、海外事業所のほうがやりやすかったですね。欧米はラテラルシンキングの素養もあり、リベラルアーツも学んでいる人が多い印象があります。そして宗教と哲学は表裏一体です。物事の原理原則がしっかりとしていて、マクロ視点で考えられています。

また、ラテラルシンキングはインナーブランディングを高めていくうえで大いに役立ちます。ラテラルシンキングの材料を集めるうえでシナリオプランニングを活用したのです。産業界の情報といったミクロ視点ではない情報で考えていきました。自社を取り巻く外部環境分析として、PEST(政治、経済、社会、技術)分析があります。ここに最近 E(環境)も加えて考えることも増えてきましたね。5つの視点(STEEP)を理解し世の中で事業をさせていただいていることを理解しなければなりません。これらを通して、個人としての「世界観」が養われるのです。マーケターとしても、この世界観を持つことはとても重要なのです。

ここで、「マーケティングとはなにか?」ということを、簡単に表現すると「自然の流れを作ること」になります。自然な流れを知るためには地殻変動をはじめとしたマクロの動きを読むことが不可欠なのです。孟子の言葉にあるように、「天の時、地の利」を理解し、これらを利活用し、自然な流れを作ること、これがマーケティングの真髄だと思っています。

共通言語を見い出せば大抵解決

――阿部さんは理路整然とされていますが、いつ頃からこの思考になったのでしょうか。

私は元々技術職だったので、マーケティングの「マ」の字も知りませんでした。1990年に米インテル社の「インテル・インサイド」という広告を覚えてらっしゃる方も多いと思います。当時私はインテル社内にいましたが、ブランドの影響力って恐ろしいなと思い、マーケティングに興味を持ち始め、自分のキャリアを技術職からマーケティングに転向しました。インテルは戦略性もあってマーケティングもうまい会社で真髄を味わえました。

いまここでお話してきたことはここ数年間のお話です。蓄積した知識を実践したことで実現できたことだと思っています。ちなみに私はマーケティングのプロだと自認したことはありません。現在進行形なので常に学習しなければならないという気持ちを込めています。なぜならビジネスは時代とともに変遷し、それに伴いマーケティングも進化し続けるからです。

 

――冒頭のお話に新規事業も管掌範囲に加えるように頼んだということでした。マーケティングでは珍しいと思うのですが、なぜでしょうか。

横河電機の売上の約6割が、まだハイドロカーボン(炭化水素)ビジネスに依存していました。当時、このまま10年このポートフォリオで経営していたら、横河は環境に配慮していない時代遅れな企業といわれかねない状況です。ならば、環境配慮型のセールス(グリーンセールス)の割合を上げていかなければいけないという岐路に立っていました。そのためには、一般的なリニアなイノベーションでは変化を起こせません。ポイントとしてはムーンショットを打ち込んで、あるべき姿をみせます。そのうえで到達するまでの過程をバックキャストしていくのです。

実行すべきは、まさにアンゾフの成長マトリクスでいうところの「新規市場×新規技術」の象限です。新規領域として成功確率の低い象限を担当しましたが、社内では「飛び地」とまではいっていませんでした。

その過程でコアコンピタンス(強み)を3つに整理しました。測ること、制御すること、情報(データ)です。ここでいう情報(データ)は IT(情報技術)ではなく OT(オペレーションテクノロジー)で、IoTは「Internet of Things ではなくITとOTの融合」という我々独自の概念を持っていました。
この視点からあらためてハイドロカーボンから環境配慮型製品への注力領域の移行をみると「飛び地」への展開でありながらも、社員の感覚としては3つのコア・コンピタンスを軸に、事業のピボットを実施するという捉え方が可能なのです。「飛び地」は重要ではありつつ、心のとらえ方として既存の事業の延長線上にあるとみせたほうが取り組んでもらいやすいという考えもありました。

やはり人を動かすために企業としての「らしさ」は欠かせないです。これは行動経済学の1つ「MAYA理論」の「馴染みと新規性のバランス」にも繋がります。最初に手掛けた中期計画でバイオ産業に進出すると決めたときも、さまざまな反応がありました。既存の事業の延長線上にあることを感じてもらうことで、企業の「らしさ」をしっかり出すことができみんなにも事業の進出に対する理解をしてもらえたと思っています。人を動かすには「WHY(なぜ)」が欠かせないですね。

――最後にこれからの阿部さんのことを教えてください。

私自身は2025年3月に横河電機を退きましたので、今後は独立して「オフィスアベツマ合同会社」として引き続き、マーケティングの研鑽を積みたいと考えています。40年間民間企業(外資系企業と国内企業)に勤めてきた経験を活かし、マーケティングコンサルティングならびにアドバイザーとして活動をさせていただき、日本において、コストセンターだと思われがちなマーケティング部門のポジションアップのお手伝いをしていきたいですね。

CMO(最高マーケティング責任者)の役割は時代とともに大きく変わります。いま本当に求められるのは CMO は社内外のトランスレーターでもあり、コラボレーターです。従来の CMO の機能に加えて、 CAO (チーフ・アライメント・オフィサー)の要素が不可欠だと思います。CAO の新しい役割の1つが、「調整役」です。よくあるのが企業は組織のサイロ化によって部門最適化に走ってしまい、組織や情報が分断されてしまうことです。いわゆる「情報の粘着性」問題がいたるところに発生しがちです。そうならない為にも全体最適を行い、企業全体として価値を最大化させることがとても重要です。調整役として CEO(最高経営責任者)に会社として何をするべきかを提言することもあるでしょう。

国はおろか、部署が違うと言葉が違います。営業とマーケティングでは文化も違うし大切にしていることも違いますね。人の数だけ言葉は違うものです。しかし、「初めに言葉ありき」とはよく言ったもので、共通言語を見い出せれば、解決できることは多いと思いませんか。「いい未来に翻訳しよう」、これは経営層全体の役割そのものだと思います。

オフィスアベツマ合同会社
代表 博士(技術経営)
阿部 剛士

1985年、現インテル株式会社に入社。インテル・アーキテクチャ技術本部本部長、マーケティング本部本部長、技術開発・製造技術本部本部長を歴任。2009年以降、取締役、取締役 副社⻑、取締役 兼 副社長執行役員に就任。2016年、横河電機株式会社入社し、執行役常務兼マーケティング本部長(CMO)として、R&D、M&A、知財、新事業開拓、事業計画、標準化戦略、オープンイノベーション、工業デザインなどを傘下にマーケティング本部を統括。2025年3月よりオフィスアベツマ合同会社代表。

 

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