成功への明確な道筋が見えにくい現代において、企業が中長期的に成長し続けるための経営手法として「人的資本経営」が注目されています。人的資本経営にもとづく人材戦略は、人材をいかに低コストで長期雇用するかを考えるといった従来の人材戦略とは一線を画します。特に海外進出を行う企業にとっては、多様な人材の活躍は欠かせません。
本記事では、人的資本経営の概要から、自社に導入する上で知っておきたいフレームワーク、実施すべき情報開示などについて、詳しく解説します。
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人的資本経営とは、人材が持つ能力やスキルを企業の「資本」と捉え、戦略的に投資してその価値を高める経営手法です。「企業を成長させるために人材をどう使うか」ではなく、「人材の価値向上と企業価値向上をリンクさせるためにはどうするか」を考える点で、従来の人材戦略とは大きく異なります。
経済産業省による人的資本経営の定義(※)は、『人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方』となっています。
2023年3月期決算からは、有価証券報告書を発行している大手企業4,000社を対象として、人的資本に関する情報を外部に公開する「人的資本開示」が義務付けられるようになりました。
世界的には、人的資本の情報開示に関するガイドライン ISO30414 による11領域・49項目の規格が指針として示されていますが、日本では7分野19項目で必須項目は一部です。重要な開示項目として、人材育成に関する方針、離職率や定着率といった従業員エンゲージメントに関わる情報、女性管理職比率や男女別育休取得率などのダイバーシティに関する情報などがあります。
※ 経済産業省 人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/index.html
人的資本と混同されがちな言葉に「人的資源」があります。この2つの違いは、人材の捉え方と、企業と人材との関係性にあります。
人的資源として捉えたときの人材は、経営上利用できる有形・無形の財産のうち有形の「資源(リソース)」であり、設備や機器などを指す「モノ」や金銭的な元手を指す「カネ」、技術やノウハウを意味する「情報」と並ぶ、4大経営資源のひとつに分類されます。
人材を人的資源と捉えた場合、企業は採用費用や研修費用、給与、労務費といったコストを抑えつつ、経営目標を達成することを目指し、採用、配置、育成、評価などの人材戦略を展開します。
一方、「資本」として見た場合の人材は、コストではなく投資対象です。企業は、研修や実務、自己学習などによって、能力や技術が高まる人材の可変性に注目し、将来的な企業価値向上に寄与することを期待して、積極的に投資しながら人材戦略を立案します。
人材の可変性がプラスに働けば、投資以上のリターンを企業にもたらすことが期待できる反面、マイナスに働けば思うような成長が見られず投資が無駄になる可能性もあります。企業の投資で得たインプットを糧として他社へ転職してしまうかもしれません。
そのため、従業員に投資して将来的な成長につなげるとともに、企業も成長を続けて従業員のエンゲージメントとモチベーションを維持し、「働いてほしい」「働きたい」という相思相愛の関係を継続することが重要です。
近年、人的資本経営への注目は飛躍的に高まっています。背景に何があるのか、考えられる理由を見ていきましょう。
国内では、多くの産業が成長期を抜け、成熟期に入りました。この成熟期に他社との差別化を図る方法のひとつが人的資本経営です。
IT 技術や AI による急速な技術革新、グローバル化に伴う海外企業の進出などで、既存のビジネスモデルが陳腐化した今、新たなビジネスモデルへの転換や既存ビジネスの刷新は喫緊の課題です。
製造業における脱炭素化など、これまでの経営戦略を覆す状況の中でイノベーションを生むためには、過去や慣習にとらわれずに自由な発想ができる多様な人材が欠かせません。人的資本への投資は、成熟市場で生き残るために有効な施策のひとつです。
ステークホルダーが企業の無形資産に関心を持つようになったことも、人的資本経営に注目する企業が増えた理由のひとつです。
企業の資本は、建物や機械、株式といった形のある「有形資産」と、ブランドやクライアントとの関係性といった「無形資産」に大別されます。技術アイディア、資質などを含む人的資本は無形資産に含まれ、ESG 投資や SDGs の広がりを受けて、ステークホルダーが企業の将来的な価値を判断する重要な材料となっています。
米国の代表的な株価指数「S&P500」では、市場価値の構成要素のうち無形資産が占める割合が年々高まっており、1975年の17%から2020年には90%に迫るまでになりました。製造業が多い日本では、無形資産の評価が遅れていますが、世界的に無形資産の重要性が高まることは確かです。人的資本経営への取り組み状況の開示は、必然的な流れであるといえるでしょう。
少子高齢化が進み、労働人口が減少の一途をたどる今、企業は限られたリソースで高いパフォーマンスを発揮しなければなりません。このことも、多様な人材の活躍を促す、人的資本経営の考え方に沿っています。
従業員を会社の資産と捉え、成長機会を提供し、働きがいを感じてもらうことは、離職率の低下や定着率の向上につながります。また、外国人、高齢者、女性など、いわゆる「働き盛りの男性」以外のモチベーションを高め、能力を引き出して戦力化することにもつながるでしょう。多様な人材の活躍を促すことは、急速なグローバル化に対応するためにも重要です。
経済産業省が2020年に発表した「人材版伊藤レポート」は、企業にとって最も重要な資産は人材であるという視点に立ち、企業の持続的な成長に向けた人的資本経営の必要性を提言しました。また、人材版伊藤レポートでは、人的資本経営を推進する人材戦略におけるフレームワークとして、3つの視点(Perspectives)、5つの共通要素(Common Factors)から成る「3P・5Fモデル」を提示しています。
ここでは、3P・5Fモデルについて詳しく解説します。
3つの視点とは、人材戦略が企業価値の向上に貢献するか否かを分析・検討するために、必要なポイント(Perspectives)を示したものです。
・経営戦略と人材戦略の連動
急速に変化する経営環境において、持続的に企業価値を高めるには、時代の流れをよんだ経営戦略と、それを表裏一体で支える人材戦略が求められます。経営陣は、経営戦略とのつながりを考慮しながら、人材面の課題に対するアクションや KPI を考えなければなりません。
伊藤レポートには、最も重要なポイントが「経営戦略と人材戦略の連動」であると明記されており、取り組みにあたって最初に見直すべき視点といえます。
・As is / To be ギャップの定量把握
経営戦略上解決すべき人材面の課題を洗い出し、KPI を設定して「現在の姿(As is)」と「目指すべき姿(To be)」とのギャップを把握します。これにより、人材戦略と経営戦略の連動具合を定量的に把握し、適切な見直しができます。
・企業文化への定着
企業の価値向上に向けて掲げる理念、パーパスを言語化した上で人材戦略を実行すると、企業文化として浸透しやすくなります。確立された企業文化は競争優位性につながるため、定着度合いを確認しながら人材戦略を実行していくことが求められます。
5F は、企業価値の向上に結び付く人材戦略を実行するため、すべての企業が組み込むべき人材戦略の要素(Factors)を示しています。
・動的な人材ポートフォリオ
目指すビジネスモデルや経営戦略を実現するには、現時点の人材や人材が持つスキルでは不足する場合があります。よって、将来的な目標から逆算して、必要な人材を採用・育成しなければなりません。
そのために必要なのが、リアルタイムで人材の情報を可視化し、将来に備えて必要な人材の要件を定義できる動的な人材ポートフォリオです。
・知と経験のダイバーシティ&インクルージョン
同質性の高いチームよりも、多様性のあるチームのほうがイノベーションを起こしやすいとされています。知と経験のダイバーシティ&インクルージョンを意識することにより、一人ひとりが自身の特性を発揮して発言・行動するようになり、企業成長につながる新たなアイディアが生まれる可能性が高まります。
・リスキル・学び直し
変化する経営環境に既存の人材が対応していけるよう、リスキルや学び直しを促すことも重要です。従業員の過去の経験やスキル、および今後のキャリア志向に沿った内容になるよう、希望する学習領域を把握した上で支援することが大切です。
・従業員エンゲージメント
新たなビジネスモデルに対応し、経営戦略の実現に力を尽くせる従業員を増やすには、従業員エンゲージメントを高めなければなりません。
企業が発信する理念や存在意義、経営戦略やビジネスモデルに共感し、仕事に対してやりがいや働きがいを感じられる環境を構築するため、従業員と企業の対等な関係にもとづくオープンな情報発信が重要です。
・時間や場所にとらわれない働き方
従業員の多様なバックボーンに応じた多様な働き方を受け入れることも、価値創造の最大化につながります。
出社勤務を前提とした画一的な働き方では、多様な人材の受け入れは困難です。リモートワークやワーケーションなどを制度上可能にするとともに、どの働き方を選んでもスムーズに業務に取り組めるシステムづくりと評価体制の構築、業務プロセスの見直しが必要です。
人的資本経営を進める際は、前項の「3P・5F モデル」を意識して具体的なアクションや KPI を設定します。導入の基本的なステップは以下のとおりです。
人的資本経営によって企業価値を高めていくには、自社の想定する企業価値について、企業理念まで遡って自社の存在意義を明確にしなければなりません。現行の企業理念や存在意義が外部環境の変遷に対応していない場合、あるいは目指す未来像とかけ離れている場合は、改めて言語化し直す必要があるでしょう。
企業理念が確立されたら、中長期的に優位性が見込まれ、理念の実現に結び付くビジネスモデルの実現に向けて経営戦略を考えます。
経営戦略を作成したら、人材戦略を紐づけます。積極的に人材への投資をしても、それが経営戦略に結びつかなければ意味がありません。経営戦略を実現するために必要な投資先はどこか、どのような人事制度が必要かというように、経営戦略を起点とした人材戦略を考えましょう。
目指すべき姿と現状とのギャップを明らかにし、具体的な人材の配置や育成方法などの施策でギャップの解消を目指します。企業全体で考えると煩雑化するため、「経営層」「マネジメント層」「メンバー層」のように階層を分けて考えるのも手です。
3で考えた施策に対して、進捗状況から有効性を判断するための、KPI を設定します。人的資本経営の実現には中長期的な取り組みが必要であり、いつまでに何を行うかの KPI を設定することが重要です。
KPI はステークホルダーの視点を考慮し、独自性と他社との比較観点の両方を踏まえた指標を検討すると良いでしょう。
設定した KPI の達成に向け、粛々と施策を実行します。同時に、KPI や従業員のエンゲージメントを数値化したエンゲージメントサーベイなどを利用して、現状と目標までのギャップの計測を続けてください。
効果を発揮していない施策は見直し、改善を続けることで人的資本経営の実現に近づきます。
情報開示の対象となる企業は、定量的な数値を用いて自社の人材情報や人材に関する取り組みを可視化し、社内外に公表します。
人的資本経営に取り組むにあたって、必ず考慮すべき要素に「ダイバーシティ&インクルージョン」があります。人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素(3P・5Fモデル)の項目でも、「知と経験のダイバーシティ&インクルージョン」を紹介しました。
ダイバーシティ&インクルージョンとは、多様性を意味する「ダイバーシティ」と、受容を意味する「インクルージョン」を組み合わせた造語で、性別や国籍、年齢、価値観などの違いを組織が受け入れ、個々の特性を尊重し合えている状態を意味します。
ダイバーシティ&インクルージョンが求められるようになったそもそもの理由は、労働力の確保やグローバル化への対応ですが、現在では個性を活かした柔軟な発想による革新的なイノベーションや、企業力の向上につながる点が注目されています。
人と違うことを理由に排斥されない心理的安全性と、自身にしかない価値を最大限発揮することを評価する環境は、従業員のエンゲージメントやモチベーションを高める効果も期待できます。
ダイバーシティ&インクルージョンの実践で外国人従業員を多く雇用する企業や、グローバル展開する企業にとって、言語の違いを壁にしないインナーブランディングやインターナルコミュニケーションで一体感を高めることが重要です。企業理念や歴史、経営陣のブランドに対する思いといった情報を各従業員が理解できる言葉で共有することによって、従業員の情緒的な価値を高め、エンゲージメントを向上させることができます。
多言語コミュニケーションの実現にはさまざまな方法がありますが、まずは情報発信のベースとなる Web ポータルや Web 社内報の多言語化から着手すると良いでしょう。多様な従業員が平等に、かつ満足して働くための施策として有用な福利厚生についても、多言語で発信してください。
人的資本経営に基づく人材戦略では、多様な人材を受容し、可能性を引き出す必要があります。国籍や言語によって組織とのあいだに壁ができたり、活動の幅が狭まったりすることがないよう、社内コミュニケーションのグローバル化で適切な情報発信に努めましょう。
魅力ある組織をつくるインナーブランディングとインターナルコミュニケーションを実現するなら、まずは社内ポータル・ Web 社内報の多言語化に着手してみてはいかがでしょうか。
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