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メディアからみた企業の情報発信のあり方|日経BP伊藤氏・『広報会議』浦野氏|GLOBALIZED2022

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堀江 真里子

Wovn Technologies株式会社(以下 WOVN)が開催する年次イベント「GLOBALIZED」。2022年は「混沌とした時代を生き抜く企業の情報発信とは」をテーマに5つのセッションをお届けしました。

3つめのセッションでは「メディアから見た企業の情報発信のあり方」と題し、株式会社日経BP(以下 日経BP)伊藤氏と株式会社宣伝会議『広報会議』編集長 浦野氏によるパネルディスカッションを行いました。

コロナ前後での取材状況の変化、取材企業の選定方法、企業に求める情報など、様々なテーマでお話をお聞きしましたので、本レポートではその内容をご紹介します。

【登壇者】
伊藤 暢人
株式会社 日経BP 執行役員
広島県出身。1990年に東京外国語大学を卒業し日経BPに入社。新媒体開発、『日経ビジネス』、ロンドン支局などを経て、『日経トップリーダー』編集長に。2017年、中堅・中小企業ラボの設立に携わり、所長に就任。2019年経営メディア局長、2020年『日経ビジネス』発行人、2022年より現職。

【モデレーター】
浦野 有代
株式会社宣伝会議 月刊『広報会議』編集長
2003年入社。『編集会議』編集長、『販促会議』編集長、書籍部長を経て2020年より現職。広報実務者のための専門誌『広報会議』にてメディア対応、リスク管理、社内広報など実践に役立つ手法や考え方を取材。

 

コロナ禍で起きた取材状況の変化

浦野:
コロナ禍で取材の形も大きく変わったのではないかと思います。この変化について、伊藤さんはどのように捉えていますか?


伊藤:
大きな変化は、在宅勤務の普及による取材のオンライン化ですね。国内で感染者が一気に増加した2020年3月当時、私は日経ビジネスの発行人(総責任者)を務めていました。弊誌は50年以上にわたり発行されている週刊誌ですので、発行できないという事態はなんとしても阻止しなければなりません。急いでオンライン会議システムのアカウントを記者全員に用意し、リモートで業務を進められる体制を整備しました。

とはいえ、当初は発行までのプロセスにどうしても出社しなければできない作業もありましたので、一部の担当者に交代で出社してもらうようにしてなんとか乗り越えました。


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浦野:

多くの企業が働き方を変えざるを得なかった時期ですよね。企業とのコミュニケーションのとり方という点ではどんな変化がありましたか?


伊藤:

電話でのコミュニケーションがとりづらくなりましたね。企業から記者宛にお電話をいただいても取り次げなかったり、逆にこちらから広報宛にお電話しても不在と言われてしまったり。担当変更や異動等と重なって、これまでの人脈を利用できなかった記者は苦労しました。取材のあり方を考え直すきっかけにもなりました。


浦野:

結果的にはどのように変わりましたか?


伊藤:
取材の機会を獲得するという観点では、「1対1で深く売り込む」より「打数で勝負する」考えも出てきました。のちに『無敗営業』の著者である高橋浩一さんとも話したのですが、この形がコロナ禍でリアルでの取材ができない状況下では合っていると判断しました。


浦野:
大きな方向転換でしたね。コロナ禍の影響で考えられる別の観点として、海外へ取材に行くことも難しくなったのではないかと思いますが、その点はいかがでしょうか?


伊藤:
おっしゃるとおり、海外へ行けなくなってしまったので、もともと現地にいた記者とうまく連携しながら取材を進めていました。現地の記者には病院や工場などに行ってもらい、リアルで新鮮な情報をレポートしてもらう。日本の記者には、オンライン取材で有識者から深い話を引き出すようにしてもらう、などといった具合です。後者に関しては他社と競合しないよう、歴史観・社会観・文化観を映し出せるような取材を心がけていましたね。


浦野:
上手に役割を分担されていたのですね。伊藤さんの目線で、コロナ禍は日本のメディアや企業にどのような影響を与えたと思いますか?


伊藤:
残念ながらマイナスに働いてしまったのではないでしょうか。私は2000年から4年間ロンドンに駐在しており、その頃ですら日本メディアに許される取材がどんどん減っていく状況でした。コロナ禍でオリンピックが延期になったり、人の往来がなくなったりして、鎖国のような状態になってしまいましたよね。その結果、海外からの日本企業に対する関心が一気に薄れてしまったように感じています。


浦野:
もっと日本企業に関心をもってもらうにはどうしたらよいでしょうか。


伊藤:

業界によっても変わるので一般論で語るのは難しいですが、まずは必要な情報をしっかり英語で発信することが大切だと思います。それも、単なる翻訳ではなく、“文化を踏まえた”翻訳で、ですね

かつてある日本企業の幹部が砂漠地帯にある中近東の企業との取引を許されたとき「御社との出会いは大海の中の真珠のようですね」と言ったそうです。ところが、この表現では海のない国の人に伝えてもあまりピンとこないでしょう。そこで、このとき同席していた通訳の方は、咄嗟に「砂漠の中のダイヤモンド」と訳したそうです。これって秀逸ですよね。単に意味が通っているかだけでなく、文化や背景を鑑みて訳している。これが本来あるべき多言語発信なのではないかと思っています。


浦野:
なるほど。とはいっても、そのような翻訳を実現するには多大なコストやリソースがかかってしまいますよね。今は機械翻訳もかなり主流になっていますが、伊藤さんのお考えとして機械翻訳にはどのような印象をもっていますか?


伊藤:
機械翻訳の発達は日進月歩で、我々も様々な場面で利用していますが、まだ課題も感じています。たとえば海外の方に取材して記事にした場合、以前は支局員が英語に翻訳してお送りしていました。しかし最近では、海外の方が自力で機械翻訳をかけてくれることも増えたそうで、支局員側で翻訳する機会は減っています。

とはいっても機械翻訳も完璧ではないので、本来書いている内容と違うものに翻訳されてしまい、苦情が届くケースもあるそうです。こういう話を聞くと、まだ機械翻訳だけで運用するには不安が残りますので、うまく人の手をいれながら翻訳する必要があるのではないでしょうか。


浦野:
機械翻訳だと、日本語からスペイン語への翻訳なのか、英語からスペイン語への翻訳なのかで精度が違ったりもしますよね。日本語だとまだまだ学習している翻訳データ量が少ないので、機械翻訳との付き合い方には検討の余地がありそうですね。

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メディアはどのように情報を集めているか

浦野:
メディアが取材先の企業を選定する際の決め手はなんですか?


伊藤:
どの媒体の取材なのかによって違いますので、一概には言えませんが、基本的には“その分野で突き抜けているか?”を重視しています。読者も記者も「1」がつくものが好きなので、日本で二番の企業より、関東で一番の企業が選ばれることもあります。ですので、そのような情報を巧みに、わかりやすく公開できているとよいと思います。


浦野:
そういった情報はどこに公開されているとよいでしょうか。


伊藤:
コーポレートサイトは必ず確認していますね。従業員数や売上高など、基本的な情報をコーポレートサイトから得ることが多いです。取材前も取材後にも確認するケースは多いです。


浦野:
コーポレートサイトって、発信する内容を企業側でコントロールできるので客観性が乏しいとも捉えられると思うのですが、そのあたりはいかがですか?


伊藤:
客観性のある情報は日経テレコムや新聞、当社の過去記事などから得ているので、その点はあまり気にしていません。コーポレートサイトからは、“その企業の情報発信に対する感度”を見ているイメージですね。たとえば、どのくらいの頻度でどのくらいの量のデータが更新されているかとか。そうした情報から、「こういう取材ができるんじゃないか」と仮説を組み立てることもあります。

 

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浦野:
情報を集められる中で、伊藤さんが取材をしたいと思う経営者ってどんな方
ですか?


伊藤:
なによりも“自分の言葉で語っていただける方”ですね。日経ビジネスの場合、取材した内容は4~5ページほどの記事になるのでお話いただく内容の量も必要で、たとえば原稿をそのまま読んでいただく、だけですと限界があるのです。それに、メディアを通して、自分の声で、自分の意見を、特定の誰かに伝えたいと考えている人の取材はやはりおもしろいです。


浦野:
なるほど。取材中はどのように経営者の言葉を引き出していましたか?


伊藤:
事前に用意した質問状の順番とはあえて違う形で取材をするようにしていました。シナリオどおりに進めないことで、ご本人の直接の思いを聞きやすくできるからです。


浦野:
数々の取材を行われてきた伊藤さんならではのテクニックですね。ちなみに、これまでご経験されてきた中で海外の経営者と日本の経営者の違いってなにかありましたか?


伊藤:
そもそも海外だと経営者に直接インタビューできるチャンス自体がすごく少ないんです。企業として、経営者への1対1のインタビューは年に数回まで、と決められていたりするほどです。ですので、日本企業はこの違いを逆手にとり、海外のメディアに取材してもらえるように打診する動きをとるとよいのではないでしょうか。

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いま“熱い”社会動向や企業経営の動き

浦野:
記事を書かれる際には社会動向なども踏まえて情報を集められていると思いますが、今気になっているテーマはありますか?


伊藤:
やはり「インフレ」「値上げ」ですね。直近で値上げの潮流があったのは1980年代のことなので、今社会で働く人々の中で、値上げを経験したことのある人、つまり、値上げのノウハウをもっている人って少ないんです。ですので、値上げをするのか、する場合はどのようにするのか、現場の営業にはどれほどの裁量をもたせるのか、そこから透けて見える社長の覚悟はいかほどか、など、企業によって様々な色が浮かび上がります。このテーマはとてもホットだと思いますね。


浦野:
そうした情報を公開する際、どんなプレスリリースだと記者の目に留まるでしょうか。


伊藤:
先ほどの考えに基づくと「1」がつくかどうか、つまり一番に値上げをする、ということになりますが、これからは「値上げをしない」または「値下げをする」といった内容のものが注目を集めるのではないでしょうか。価値のある情報ですし、顧客もマスメディアもついてくると思います。


浦野:
そうして公開した情報の中に、なぜ値下げできたのか、従業員にはどのように対応しているのか、なども聞けると企業の姿勢もみえてきそうですね。

 

メディアが企業に求める情報

浦野:
そもそもですが、企業に求める情報ってどのようなものですか?


伊藤:
やはりその媒体に合った情報をご提供いただけると嬉しいですね。たとえば男性向けの雑誌と女性向けの雑誌に同じプレスリリースが送られてきた場
合、どちらかでは取材し、どちらかでは取材しない、ということも当然ありますので、媒体のテーマ性は意識していただきたいです。

あとはタイミングも重要です。たとえば5月の段階で6月頭のプレスリリースを送っていただいても、雑誌の場合は取材にはほぼ間に合いません。当社の場合ですと基本的に3ヶ月先の企画を考えて動いているので、5月なら8月に向けた情報をいただけると扱いやすいですね。それから、年末年始やゴールデンウィークなどの長期休暇の前に情報をいただけるのも記者にとってはとてもありがたいです。


浦野:
貴重な情報ですね。メディアが求めている情報を引き出すために企業の広報ができることってなんでしょうか?


伊藤:
直接的ですが、「この間XXの特集をしていましたが、次はどんなテーマに関心をお持ちですか?」と聞いていただけるとよいと思います。もちろん、具体的な内容はお伝えできませんが、こちらもよい情報があれば取材させていただきたいので、ヒントくらいはお伝えできると思います。企業同士の付き合いとはいえ、結局は人と人とのコミュニケーションなので、もちつもたれつ、ですね。
たまに、特集記事を公開したあとに自社で行っている似た取り組みをご紹介いただくケースがあるのですが、一度した特集はしばらくやらないので、そういう情報はなかなか取り扱いづらいですね。

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浦野:
思い切って聞いてみてもいいんですね。企業からの情報提供という観点で、サービスや商品の説明をするのが難しい企業(たとえば BtoB 企業など)もあると思うのですが、広報が記者の方に情報をお伝えする際のコツってなにかありますか?


伊藤:
記者は、その業界・領域の専門家であるケースもあれば、そうでないケースもあるので、早い段階でその記者の知識・理解レベルを確認しておいた方がよいと思います。具体例でお伝えすると、日経クロステックと日経ビジネスでは同じ技術に関する情報でも、読者のニーズに合わせて書き方を変えています。

あとは、文字情報だけではなくて、動画をうまく活用する手もあると思います。若い世代は、今や30%以上が動画で情報収集をしているという調査結果もありますので、これに適応していく必要があると思っています。一方で、中高年のビジネス世代は文字情報を好むといった傾向もあるので、ターゲットに合わせた情報発信が求められるのではないでしょうか。


企業の情報発信のあるべき姿

浦野:
貴重なお話をありがとうございました。最後に、伊藤さんが考える、企業の情報発信のあるべき姿について教えていただけますでしょうか。


伊藤:
海外からの日本への注目度が下がっている背景もあるので、日本企業はいろんなことに挑戦してみるとよいと思っています。その結果にもとづいてブラッシュアップを重ねることで、少しずつ状況を変えられると信じています。これは日本企業の苦手とするところかもしれませんが、できない理由を探すのではなく、「まずはやってみる」の精神で新しい取り組みを行うことで、日本の活力を復活させるきっかけをつくれるのではないでしょうか。今日はありがとうございました。


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