
公開日:
グローバル全体で納得感を引き出し、社内変革を推進

佐藤菜摘

オフィス機器のグローバル企業として知られるリコー。約200の国と地域で事業を展開し、グループ全体で約8万人の社員を擁している。そのリコーが、いま変革に挑んでいる。2020年に「デジタルサービスの会社への変革」を宣言、デジタルを通じ、業務の効率化や働き方改革を支えるデジタルサービスの会社へと大きく舵を切った。「第21次中期経営戦略」(2023年度~2025年度)は、実行の3か年と位置付けられ、変革の加速が求められている。このカギを握るのが、インターナルコミュニケーションの強化。その旗振り役が、コミュニケーション戦略センターの吉川所長だ。メディア出身で、海外留学や EU 勤務を経て2021年にリコーへ入社した。異色の経歴を持つリーダーが、グローバルでの社内連携の強化に挑んでいる。
変革の主役は、世界にひろがるリコー社員
――リコーは第 21 次中期経営戦略に取り組まれています。企業が変革する際にコミュニケーションが果たす役割は大きいですね。
リコーと聞くと、「OA メーカー」というイメージを持たれる方も多いと思いますが、私たちは2020年に「デジタルサービスの会社への変革」を宣言しました。デジタルの力でお客様の課題を解決し、はたらく人の創造力の発揮を支援していこうと、全社一丸となって新たな価値提供に取り組んでいます。2023年にはリコーの使命と目指す姿を「“はたらく”に歓びを」へと改定しました。この言葉には、人ならではの創造力が発揮されることで、働きがいと経済成長が両立する持続可能な社会をつくっていきたいという想いが込められています。
こうした変革を実現する上で、最も重要なのは社員の存在です。どれだけ戦略が優れていても、実行するのは社員自身です。だからこそ、社員が納得し、自分ごととして捉え、自らの意思で行動を起こすことが不可欠だと考えています。そこで重要となるのが、「インターナルコミュニケーション」と「インナーブランディング」です。社員の共感を生み、行動につなげる原動力として、これらをどう機能させるかが変革の成否を左右すると感じています。
――「はたらく」という言葉は、国によって社員の受け取り方が大きく変わりそうです。
そうですね。国が違えば、文化だけでなく事業環境も大きく異なります。言語も宗教も多用な中で、ひとつの共通のゴールに向かって一致団結していくためには、企業理念である「リコーウェイ」の存在が非常に重要だと感じています。
2024年度は、コーポレートメッセージの体系化を進めてきました。これは決して容易なプロセスではなく、言葉の選び方ひとつをとっても、難しさを実感する1年でした。日本語では自然に響く表現が他の言語ではどう伝わるのか。地域毎の文化や背景、ビジネス環境を踏まえながら、丁寧に向き合う必要がありました。
特に意識したのは現地のメンバーを巻き込みながら進めることです。一方的に「これが決まったことです」と押し付けるのではなく、現場の声を積極的に取り入れ、共に標語をつくり上げていくという姿勢を大切にしました。社員一人ひとりが「自分ごと」として感じられるよう、参画意識を育むことを重視しています。
――参画意識を芽生えさせるために、気をつけてこられたことは?
重要なのは、「自分ごと化」です。これまでも海外社員へのヒアリングは行ってきましたが、その声が最終的にどう活かされたのか、きちんと伝える機会がありませんでした。対話しているつもりでも、実際には一方通行になっていたんですね。結果として「自分の意見が反映されたのか分からない」「ただ仕事が増えただけ」と感じさせてしまうこともありました。
これでは納得感を得られないのは当然ですよね。そこで、「なぜこのような決定となったのか」を丁寧に共有することを徹底するようにしました。フィードバックをどう検討し、どのようなプロセスを経て役員会議にかけたのか、そういった背景をしっかり説明する場を設けるようにしています。双方向のコミュニケーションを意識した取り組みです。
こうすることで、たとえ意見が採用されなかったとしても、「決定のプロセスに関わっている」という実感が生まれます。その結果、自ら率先して動き、協力してくれる社員が増えてきたように感じます。
多様性は「人と異なる」ことを強みにできる
――吉川さんのキャリアについて教えてください。
2021年にリコーへ入社するまで、異なる業界でキャリアを積んできました。大学卒業後は地方の放送局でアナウンサーとして勤務し、その後退職してフランスに渡りました。現地では、大学で学んだジャーナリズムとコミュニケーションの知識やこれまでの経験を活かし、在仏日本大使館の広報業務に携わりました。
もともとはフランスのメディア業界で働きたいという想いがありましたが、大使館で広報業務に携わったことが転機となりました。取材する側から、取材される側へと立場が変わり、広報という業務の面白さに気づいたんです。その後は欧州委員会(EU の執行機関)に勤務し、日本へ帰国。特に EU 委員会での経験は、とても印象的でした 。多様な価値観や文化の中で、どうコミュニケーションを図るかを学ぶ貴重な機会だったと思っています。
――EU でのどのようなご経験が印象深いですか。
英語、ドイツ語、フランス語と、周りのメンバーが当然のように複数の言語を使いながら議論をしていて、最初は驚きました。しかもその議論がとても率直で、こんなに意見をぶつけ合って大丈夫なのか?と思うほど、熱量にあふれていました。日本ではどうしても周囲との調和を重んじる傾向がありますが、異なる文化的背景を持つ人たちが本音で意見を交わすことで、これまでなかった発想や価値観が生まれてくる。これは日本ではなかなか得られない、貴重な経験でした。
――欧米の方は「自分がどう考えるのか」に重きを置きますね。
はい、自分の意見を伝えないと、周囲から認めてもらうのは難しい。これは海外で働いていたときに強く感じたことです。「明子はどう思うの?」と何度も聞かれました。日本では、周囲と違う意見を言うと“出る杭”のように見られがちで、人と違うことがまるで欠点のように感じてしまうところがありますよね。私自身もアナウンサー時代は、意見が分かれたときに、ついバランスを取ることを優先してしまっていました。でもそのとき、「自分はどう思うのか」を深く考える習慣がなくなっていたことに気づいたんです。実際には、人と違うことは欠点ではなく、その人の“個性”であり“強み”なんです。この経験を通じて、「多様性は力になる」とポジティブに捉えられるようになりました。リコーでも、多様な視点や意見があることで、より良いものが生まれると信じています。
――ジャーナリストから広報担当へ。聞き出す仕事から、調整する仕事へシフトされてきました。新しいリーダー像といえますね。
これまで数多くの失敗を経験したので、自分が「理想的なリーダー像」とは全く思っていません。ただひとつ言えるのは、リーダーには色々なタイプがあって良いということ。決まった型があるわけではなく、それぞれが異なる個性や強みを持っていて良いんです。もちろん失敗するたびに落ち込みますし、人と比べて自信を無くすこともしょっちゅうです。でも、自身の短所だと思っていた部分も、見方を変えればその人ならではの魅力や個性になることもある。
私自身、いわゆる模範的なアナウンサーではありませんでした。個性が強く、“凸凹”の多いタイプだったと思います。理想像を勝手に描いて、それに近づこうと自分の尖った部分を削って、足りないところを埋めようとした時期もありました。でも当時の上司から「面白みがなくなった」と言われたんです。「人と違うところを削って、凹んだ部分に穴埋めしているだけ。個性が無くなってしまった。人と同じことが本当に良いことか?」と。その言葉に救われました。同時に、「できないことは周囲と補い合えば良いのだ」と気づいたんです。完璧を目指すよりも、自分らしさを大切にし、それぞれの強みを活かし合えるチームをつくること。それが、私ならではのリーダーシップだと思っています。
グローバルの社員にブランドを浸透させる
――チームがグローバルに広がると、考え方を浸透させるためには工夫が必要ではないかと思いました。
2025年度の重点テーマは、「社員一人ひとりがリコーについて自ら発信できるようになること」です。リコーの強みのひとつは、グローバルネットワーク。つまり、世界中にいる社員がお客様と直接つながっているという点です。この貴重な接点を活かし、社員自身がブランドを体現し、発信していく “草の根のブランド活動”を強化していきたいと考えています。
もちろん企業として一貫したメッセージを発信することは重要です。ただそれだけでは不十分で、社員一人ひとりがそのメッセージを自分ごととして理解・共感し、自らの言葉で語れるようになることがブランド価値の浸透につながると信じています。そのために、トップダウンとボトムアップの双方のアプローチを融合させながら、ブランドの力をさらに高めていきたいと考えています。
――具体的な取り組みを教えてください。
やはり、社員自身がリコーを「好き」でなければ、ブランドの体現はできません。リコーの強みや優位性について、自ら納得し、腹落ちしていることが重要です。
最近、とても励みになったのが、社員が自主的にブランドワークショップを企画・実行してくれたことです。新卒や中途入社の社員向けに実施していたものですが、業務に戻ると学びを活かす機会が少なく、「目指す姿」と日々の仕事とのつながりが見えにくい、という声が上がっていました。
そんな中、ワークショップに参加した入社2年目の社員が、自分たちで企画したいと手を挙げてくれました。リコーの使命や目指す姿をどう浸透させられるのか。他部門にヒアリングやプレゼンを行いながら、「なぜうまく伝わらないのか」を自分ごととして捉え、行動に移してくれたのです。さらにそうした動きは、同僚や社外の友人など、周囲の方々に伝播していきました。これはまさに“草の根”の活動であり、少しですが、着実に輪が広がっていく感覚を覚えました。ワークショップを通して、自分ごと化できた社員が確実に増えています。
私自身もそうですが、自分が心から良いと思えないものを他の人に伝えることはできません。「好きな会社のために何かしたい」という想いを持つ社員が、これからもっと増えていってくれることを願っています。
――「リコーウェイ」の醸成を、本社と現場の双方向で取り組まれているのですね。
社員の参画意識をどう高めるか。これが今の取り組みの鍵だと思っています。
3月に実施した国際女性デーの取り組みでは、グローバル DEI(多様性、公平性、包摂性)カウンシルのメンバーが中心となってイベントを企画しました。その中で、各地域の社員が自ら手を挙げ、様々な視点からアイデアを出してくれたんです。こうした動きが生まれるのは、取り組みを「自分ごと」にして捉えているからこそ。だからこそ、周囲を巻き込もうとする力が自然と生まれてくるのだと思います。
たとえ最初は小さな動きでも、そこから周囲に影響を与えることは十分に可能ですし、各地域に少しずつ広げていくことが、グローバルでの変革を進めるうえで非常に大切だと感じています。
――吉川さんは “場” を作っていくお立場なのですね。
企業経営において「コミュニケーション」は非常に重要だと考えています。私たちは人と人とをつなぐ“仲介者”としての役割を大切にしたいと思っています。社外からの声を的確に経営に届けると同時に、現場から寄せられる社員の声を、経営につなげていくことが求められます。
――情報の交差点となるような役割ですね。
はい。最近とても嬉しい出来事がありました。2024年12月発行の山下良則会長の著書『すべての “はたらく”に歓びを!』を日本はもちろん、グローバルの社員にも共有したんです。すると、海外のメンバーから「ファンタスティック!」という声が寄せられ、ある地域の人事責任者からは「この本を教育ツールとして活用したい」という提案もいただきました。本社から特別に働きかけたわけではなく、こうした反応が自然発生的に起きたことがとても嬉しかったです。
――自発的に取り組むと、良い雰囲気で進みそうです。
やはり「指示された仕事」だけでは面白くないですよね。先ほどの例では、現場から「活用したい」という声が上がりました。本社から「やってよ」と指示を出すのは簡単です。しかし「ブランド浸透」という観点でいえば、遠回りだとしても結局は自分たちが納得して「やりたい!」と思えるか、自分ごと化できるかどうかが大切です。
――急がば回れの考え方でインターナルコミュニケーションを土台に取り組まれてきましたね。
「社員が納得すること」、これが、インターナルコミュニケーションにおける最も重要なポイントです。そのためには、新聞やテレビなどのマスメディアを通じて伝えるほうが、私たちが直接伝えるよりも、社員の納得感につながることもあります。いわゆる“ミラー効果”と呼ばれる手法で、第三者の評価や視点を通じて伝えることで、メッセージの信頼性や重みが増すのです。
このような考えから、社外に向けて発信した内容は、社員にも積極的に共有しています。たとえば、外部の高い評価やアワード獲得はもちろん、さらにリコーの取り組みが紹介された記事を社内のポータルサイト等を通じてお知らせしています。社員が登場する動画を制作し、TVCM や、社員が多く利用する路線に交通広告を掲載したりしました。社員自身がリコーのブランド価値を実感し、自らの仕事に誇りを持つきっかけになればと企画したものです。
――最近、力を入れておられることを教えてください。
最近では「データドリブン」のアプローチに力を入れています。以前は、発信することに重きを置いており、施策の評価も「発信回数」などの実施量に基づくものでした。現在は、ページビュー数やアンケート結果、タウンホールで寄せられた質問などを通じて、社員の理解度や反応を可視化しています。そこから浮かび上がった課題をテーマとして設定し、具体的な施策へと落とし込むことで、より効果的なコミュニケーションへとつなげています。
――たしかに「発信したら満足」という観点には陥りがちですね。
やはり、現場で実際に活用されなければ意味がありません。発信することはあくまでスタートであり、そこからが本当の勝負です。発信した内容について、理解・共感して、アクションにつなげてもらうことが私たちのゴールです。そのためにも広報や広告、ブランド戦略といった各部門が組織の壁を越えて連携し、効果の最大化を図ることが大切。組織全体が自然と協力し合える環境を築いていきたいと考えています。
株式会社リコー
コミュニケーション戦略センター 所長
吉川 明子 氏
上智大学外国語学部卒業。放送局アナウンサーとして勤務後、渡仏。ブルゴーニュ大学修士課程ユーロメディアを修了し、在仏日本大使館、EU 委員会等で広報業務に従事。帰国後、外資系企業にて広報・マーケティング、イオン(株)にて広報、ブランディング、ESG 等あらゆるコミュニケーション業務を経験。2021 年より(株)リコー コミュニケーション戦略センター所長として、広報、ブランディング、宣伝広告等、社内外、グローバルにおけるコミュニケーション戦略立案と実行をリード、リコーグループのコミュニケーションを統括している。
Web サイト多言語化のご相談は WOVN へ
Wovn Technologies株式会社は Web サイト多言語化ソリューション「WOVN.io」を提供しています。多言語化についてご興味のある方は、ぜひ資料をダウンロードください。

佐藤菜摘
前職は、広告代理店にて大手CVSの担当営業として、販促物製作やブランディングプロジェクトに従事。2016年WOVN Technologies株式会社に入社し、広報業務を担当。2022年よりMarketingチーム。