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如何に現地に権限移譲するか。グローバル経営に必要な意識改革とは|Stripe Daniel氏・DocuSign平松氏|GLOBALIZED2020
佐藤菜摘
日本の生産年齢人口減少や GDP 下落は、国内市場のみに着目した事業展開の限界を示唆しています。海外を視野にいれたビジネスを展開する必要性と、その過程で必要となるオンライン化は、企業の共通課題と言えるでしょう。
今回は、世界最大手の電子署名サービスを展開する DocuSign Japan(以下「DocuSign」)の取締役を務める平松直樹氏と、同じく世界最大手の決済 API 事業社 Stripe(以下「Stripe」(※)の日本支社代表取締役の Daniel Heffernan 氏(以下「ダニエル」)に、海外取引を始めるうえで必要な心構えやテクノロジーの活用法などについて聞きました。
(聞き手:上森久之、Wovn Technologies株式会社 取締役副社長 COO)
(※)社名、サービスは「Stripe」、日本法人は「ストライプジャパン株式会社」と表記します。
【登壇者】 DocuSign Japan K.K. ストライプジャパン株式会社 |
海外展開を成功に導くのは企業の意識改革
上森(WOVN):
海外展開を始めるときに企業の意識改革が重要だとお二方は声を揃えます。日本企業の海外展開における意識改革について、まずは平松さんから詳しくお聞かせください。
平松(DocuSign):
海外進出を考えるとき、国によって文化や採用環境が異なること、同じビジネスはできないことを念頭に置かなければなりません。例えば、米国で大成功した事業でも、日本にそのまま展開して成功するとは限りません。これは逆も然りです。日本企業が海外に展開するときは、まず展開する国の現状を知ることから始めましょう。
DocuSign Japan K.K. Director, Japan Business Development. 平松 直樹 氏
上森(WOVN):
私も実際に DocuSign を利用してみたとき、細部にわたってローカライズされている印象がありました。米国での認知度が極めて高い DocuSign であっても、こうしてローカライズに力を注ぐという点は驚きました。
次に、アイルランドから日本チームの立ち上げを経験した、Stripe のダニエルさんは、海外展開の観点はいかがでしょうか?
ダニエル(Stripe):
本社から各国に拠点を置くとき、多くの企業がトップダウンになってしまいがちだと思います。つまり、本社が決めたことを支社が実行していくスタイルですね。しかし、現地に合った戦略をスピーディに実行していくのであれば、できる限り現地のメンバーからボトムアップで意思決定するほうが望ましいです。ですので、海外展開の際には、いかにして現地のメンバーに決定権を譲渡できるかが成功の鍵を握ります。
ストライプジャパン株式会社 代表取締役 Daniel Heffernan氏
(画面右下、ダニエル氏にはリモートで参加いただきました)
上森(WOVN):
たしかに、現地の課題を知る人が解決の方法を導き出すのが最短かつ適切ですよね。Stripe という組織ではどうやってそれを実現しているのですか?
ダニエル(Stripe)
Stripe の場合、設置される組織機能には段階があります。まず置かれるのは最もお客様の側にいるべき営業です。営業組織に続いて、サポートやマーケティングも進出の早い段階で各国に展開します。それだけでは現地で課題解決まで至ることは難しいので、最終的にはプロダクトチームも現地にいることが望ましいです。Stripe もシンガポールやダブリンに続き、2020年にようやく東京の開発拠点が生まれました。
上森(WOVN):
グローバルを前提にした組織づくりや、それに紐づく意識改革のイメージが湧いてきました。では、これらを進めていくときの注意点はなんでしょう?
平松(DocuSign):
やはりクラウドテクノロジーの活用は必要不可欠ですね。先ほどダニエルさんがおっしゃったように、現地で課題解決のサイクルを回していけることが一番望ましいのですが、一方で各国の様子を本社が正しく理解できなければなりません。互いの状況をシェアするコミュニケーションや現地スタッフのマネジメントは、各国の文化が深く関わる部分なので、トラブルの起こりやすいところです。
特に日本企業の場合、アジア圏内では共通認識を得られやすいことも、欧米を相手にした途端に伝わりづらいということも珍しくありません。その仲介となるクラウドテクノロジーの存在は、今後大きな影響を持つはずです。
ダニエル(Stripe):
長年の失敗を経て学んだことですが、組織を変えるだけではなく、システムを組織に合わせていくことも大切です。同じオフィスにいれば、組織に合わせてシステムを変えるためのコミュニケーションはそう難しくありませんが、各国にメンバーがいるとそうはいきません。海外展開をしても共通認識をもてる環境を、システムから考えていくことが大事だと思います。
各国の商習慣に合わせた開発と展開事例
上森(WOVN):
次に、現地の商習慣に合わせたビジネス展開の具体例について聞いていきます。Stripe は決済サービスを日本で展開する際、どのような点を工夫しましたか?
ダニエル(Stripe):
日本と海外の企業を比べたとき、BtoB でのカード決済の普及率が大きく異なります。日本では請求書を介して銀行に振り込む商習慣があるため、カード決済が浸透していません。一方で昨今成長を遂げている SaaS 企業などの業態は取引企業数が大きくなるため、日本のこれまでの請求処理方法では対応が難しいケースも多いのです。
そこで、Stripe の請求処理サービス Stripe Billing に銀行振込機能を追加しました。従来の決済管理だけでなく、請求書を前提とする決済振込にも対応できるようにしたのです。これは日本の商習慣に合わせた機能追加の一例です。
上森(WOVN):
進出した国の商習慣に合わせて提供する機能の一部を変えたのですね。次に DocuSign の実践例も聞きたいです。
平松(DocuSign):
日本はやはりハンコ文化が根強い国なので、デジタル上でも捺印できる「e ハンコ」をシヤチハタさんと連携して作りました。欧米の契約であればサインのみで構わないのですが、日本では押印というプロセスが重要視されやすいです。
この e ハンコは、後に他国でも利用できるスタンプ機能へと進化しました。欧米でも承認や許可の際にハンコを押すことはありますので、それぞれの国の商習慣に合わせて機能にアレンジを加え、展開しました。
海外進出の足掛かりとなるグローバルな電子署名・決済サービス
上森(WOVN):
サービスをローカライズする上では、サービス自体にテクノロジーを組み込むことも重要だと思います。その点について DocuSign の一例を教えて下さい。
平松(DocuSign):
DocuSign は電子署名サービスとしての認知を拡大してきましたが、契約書の準備から署名・捺印、その契約書の管理から実行までの流れをエンドツーエンドで提供するソリューションに成長しています。
DocuSign の提供するソリューションの中には、契約書の自動生成や契約が切れる期間の管理、AI によるリスクマネジメント機能などが含まれます。DocuSign を利用することで、企業はあらゆる書類のやりとりを簡略化するだけでなく、将来まで見据えた安全な契約を継続することが可能です。
上森(WOVN):
ありがとうございます。次に、Stripe もよろしくお願いいたします。
ダニエル(Stripe):
Stripe では、一つの API を組み込めば130以上の通貨で海外のお客様に請求できるソリューションを提供しています。日本企業が海外進出する際、そのほとんどが日本円での取引を始めますが、海外のお客様は日本円の扱いに慣れていません。さらに、為替リスクをお客様に転換してしまうデメリットがあります。各国に合わせた通貨で請求することで、双方にとってメリットのある決済が実現するでしょう。
(image: Stripe)
また、Stripe には不正取引防止を目的としたアルゴリズム Stripe Radar を組み込んでいます。海外取引の大きなリスクとなる不正取引を機械学習でパターン化し、自動検出とブロックを実行。不正取引による損害は大きく、海外進出した日本企業の撤退の原因にもなりやすいので、盤石な海外展開を支える一助になれればと思います。
上森(WOVN):
ありがとうございます。今回「テクノロジー活用による海外取引の拡大」というテーマでお話を伺いましたが、海外取引におけるテクノロジーの有用性を改めて感じました。これから海外に進出したい日本企業に対して、お二方よりメッセージをお願いします。
平松(DocuSign):
これから進出する市場をよく勉強して、どういったニーズがあるのかヒアリングすることが何よりも大切です。海外進出すると決めたら、きっちり投資して挑みましょう。
ダニエル(Stripe):
平松さんの言葉とも重なりますが、海外進出には覚悟が必要です。投資が必要なのはお金だけではありません。他国の市場を開拓するためには、それなりに時間もかかります。本国で成功した事業だからといって、海外でスムーズに成功できるとは限りません。ですので、地道に時間をかけながら事業を育てることを意識してみてください。
上森(WOVN):
ありがとうございました。覚悟を持って、海外市場を理解する。この努力が、今後海外進出する日本企業の成長の鍵を握ります。その礎となるテクノロジーの導入についても、このセッションをご覧いただいた企業の方々にはぜひ検討してほしいです。
佐藤菜摘
前職は、広告代理店にて大手CVSの担当営業として、販促物製作やブランディングプロジェクトに従事。2016年WOVN Technologies株式会社に入社し、広報業務を担当。2022年よりMarketingチーム。