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【アトキンソン氏講演】観光立国と人材戦略 ~『量から質』への転換期に必要な人材とは?~|小西美術工藝社社長 デービッド・アトキンソン 氏|GLOBALIZED インバウンド2.0
佐藤菜摘
Wovn Technologies株式会社は、2023年2月16日に国内最大級のインバウンド特化型カンファレンス「GLOBALIZED インバウンド 2.0」を東京タワーにて開催し、訪日観光に関わる多様な業界の方に向けて「訪日 DX で進化する日本の未来」をテーマにお届けしました。
Keynote では、デービッド・アトキンソン 氏(株式会社小西美術工藝社 代表取締役社長)をスピーカーに迎え、「観光立国と人材戦略 ~『量から質』への転換期に必要な人材とは?~」と題して、今後のインバウンド旅行者単価を上げるための戦略や、求められる人材像についてお話を伺いました。本レポートではその内容をお届けします。
【登壇者】
デービッド・アトキンソン 氏
株式会社小西美術工藝社 代表取締役社長
元 ゴールドマン・サックス証券 金融調査室長
オックスフォード大学(日本学専攻)卒業後、大手コンサルタント会社や証券会社を経て、1992年ゴールドマン・サックス証券会社入社。大手銀行の不良債権問題をいち早く指摘し、再編の契機となった。同社取締役を経てパートナー(共同出資者)となるが、2007年退社。
2009年に創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社入社、取締役に就任。
2011年に代表取締役会長兼社長、2014年に代表取締役社長に就任し現在に至る。
1999年に裏千家に入門し、2006年に茶名「宗真(そうしん)」を拝受。
2016年 財界「経営者賞」、2017年「日英協会賞」受賞、2018年 総務省「平成 29 年度ふるさとづくり大賞個人表彰」、2018年 日本ファッション協会「日本文化貢献賞」受賞。
著書は『新・観光立国論』(山本七平賞、不動産協会賞、東洋経済新報社)、『新・所得倍増論』(東洋経済新報社)、『日本再生は、生産性向上しかない!』(飛鳥新社)、『世界一訪れたい日本のつくりかた』、『新・生産性立国論』、『日本人の勝算』、『日本企業の勝算』(以上、東洋経済新報社)、『国運の分岐点』(講談社)など多数。
・内閣官房 成長戦略会議 有識者
・観光戦略実行推進タスクフォース 有識者
・行政改革推進会議 歳出改革ワーキンググループ構成員
・農泊 食文化海外発信地域 有識者会議 委員
・国立公園満喫プロジェクト 有識者会議 検討委員
・分かりやすい多言語解説整備促進委員会 委員
・日本遺産審査委員
他多数の委員を歴任
目次 1. 「円安がインバウンドに有利」は間違い |
「円安がインバウンドに有利」は間違い
昨日、2023年1月の訪日外客数(推計値)が発表されました。全体で約150万人、2019年同月比で55%でした。まだ訪日制限の影響がある中国を除くと、2019年ピーク時の75%まで回復しています。昨年のインバウンド受け入れの際、2023年の訪日外客数は700万人から1,000万人になると予想しました。その後、2022年末の実績を踏まえ、2023年は1,200万人まで戻ると考えていました。そして1月の結果を見て改めて予想しました。現状の勢いを維持した場合、2023年は1,700万人、2024年は2,600万人、そして2025年には3,200万人から3,300万人程度になり、コロナ前のピークを上回るのではないかと考えています。
もともと国が掲げていた訪日外客数および旅行消費額の目標は、2020年に4,000万人と8兆円でした。コロナの影響で人数目標は達成できていませんが、一人当たり消費単価は既に目標を達成し、20万円を超えています。
国内のテレビ番組などでは、円安がインバウンドに有利という妄想的なコメントをよく聞きますが、私は全く賛成できません。以前から、国連世界観光機関のデータを分析したり、海外の論文を見たりする中で、為替とインバウンド誘客との相関関係はほぼ有りません。
今は円安に関係なく飛行機代が非常に高く、コロナ前の約3倍から5倍です。ビジネスクラスでも80万円もかかる中で、円安によって吉野家が安くなったと言っても数十円の違いです。訪日する人は決まった予算を持って来ます。それを円に替える時に円安の影響でお金が増えれば、食事や宿をグレードアップするでしょう。ただし、物価が安いからという理由で訪日する人はいません。為替の影響でその国での消費額は増えますが、それは決して旅行者数増加には繋がらないのです。
今は訪日外国人の消費単価が非常に高くなっており、これはしばらく続くと思いますが、このままではいずれ下がっていくことは間違いないです。先程申し上げたように今は飛行機代が異常に高いため、富裕層やそれに近い人たちしか来られない、つまり、単価の高い人を中心に来日をしている訳です。ただし今後、訪日外客数が増えれば増えるほど、予算がもっと限られている人が増えるので、一人当たりの単価は下がります。
2.訪日旅行者単価を上げる考え方
そこで、今日のテーマにあるように「量から質へ」と叫ばれている訳です。先ほど登壇された菅元総理も同じ考え方だと思いますが(菅元総理の講演内容はこちら)、実は日本の観光戦略は当初から「量と質のバランス」を目指しています。訪日外客数の目標と共に消費額目標が掲げられていることから分かるように、日本の観光戦略はもともと「量」だけではなく、その点で諸外国に比べて先端的なのです。今では諸外国も、日本のように量と質の両方を求める観光戦略に近づいているかと思います。
岸田総理も、2025年までに訪日外国人の一人あたり消費額として、コロナ前を上回る目標を掲げています。4,000万人目標は、アジアから積極的に誘致すれば達成できますが、8兆円という消費額目標のためには、アジア以外の地域からも誘致してお金を落としてもらう必要があります。
国策は単価が中間または上の方のインバウンド旅行者をターゲットにして誘致した中で、地域でそれを可能にしないと実現はされません。せっかくお金を持っている人たちを誘致しているのに、安い単価の観光設備では、持っているお金を使ってもらえず無駄に終わってしまいます。日本で良い思いをさせたいという自己満足のために安くする考え方は前からありますが、それは不要であり、私としてはやめていただきたいところであります。外国人は日本の納税者でもなければ住民でもありませんので、楽しむためにお金を持って日本に来る以上は、その人たちがフェアだと思う単価をそのままとれば良いのです。
特に考えなければならないのは、そもそも観光というものは、自分の有給休暇を使って、貯金したお金を持ってその国に行き、自分の人生を豊かにするような体験を楽しみたいというものです。私たち観光に携わっている人間には、そういう人たちの暇つぶしにお付き合いをして、その人たちが用意した予算を1円も残すことなく使わせることが求められます。海外から様々な文化の人たちが来て、多くの場合は一生に一回か二回しか来ない人ですので、過剰におもてなし云々をやる必要は全くありません。観光というのは、存分に楽しんでもらって持っている限りの予算を日本に落としてもらって海外に帰ってもらえば、それで充分なのです。
3.観光魅力は「あるもの」ではなく「作るもの」
ここでポイントになるのは、観光魅力とは何かということです。よく、「おもてなし」をはじめとする伝統文化が日本の観光魅力と言われます。果たしてそうでしょうか?私は茶道をたしなんでいますが、1億2,500万人いる日本人のうち、お茶をやる人は300万人もいません。日本人にとってお茶は全く身近でない他人の文化です。それを外国人に押し付けても、それが大きな観光魅力になることはないのです。
もともと海外からニーズがある日本の観光資源というのは、伝統文化よりも、アクティビティ・自然・都心・食です。世界で最も人気ある観光資源はビーチ、2番目は大自然、伝統文化については全体の1割から2割程度しか占めないと言われます。もちろん伝統文化があるに越したことはないですが、それだけでは観光戦略は成り立ちません。
私が日本の観光戦略に携わる中で全国に視察に行くと、必ず聞かれることがあります。「アトキンソンさんは、この町の魅力は何だと感じますか?」と。訳の分からない質問です。観光魅力は「あるもの・ないもの」「感じるもの・感じないもの」ではないのです。「作るもの」です。例えば、熊野古道は、高野山のお寺を訪れたいからこそ人間が作った道です。お寺が無ければ山を登る人はいません。日光東照宮が無ければ、修行でない限り日光三山には行かないでしょう。ディズニーランドが無ければ、魅力のない地域に行く人はいません。
では、どういう戦略が必要なのでしょうか。申し上げるまでもなく、ちゃんとしたマーケティングに基づいて徹底的に投資して魅力的な設備を作り、そこに来た人々が朝から晩まで多様な楽しみ方ができるようにすることです。日本にある様々な観光資源を整備して設備投資をした上で、経済合理性のある単価を払ってもらうことです。単純ではありますが、残念ながら日本国内でそれができている例は非常に少ないです。
訪日外国人に聞くといつも言われます。ホテルに行っても3時まで通してもらえない、翌朝10時には出て行かないといけない。旅館では決まった時間に決まった料理が出され、夜9時になるといい加減に寝なさいといった感じで、夜のバーも楽しみも無い。そんな状況で日本の礼儀として頭を下げても、アクティビティが豊富に用意されている国とは競争にはなりません。色々な人が来るため、色々な楽しみ方が必要になります。文化に加えて、食・自然・気候・そして様々なアクティビティを楽しんでもらって、初めて観光立国が成立するものです。
4.問題解決できる人材が観光を変える
では、観光立国に求められるのは、どのような人材でしょうか?問題解決ができる人材です。一方、今まで国の観光戦略に関わってきて一番感じたことは、日本国内においては問題解決ができる人材は非常に少ないということです。
以前はよく「なぜあなたは日本に来たのか」という調査が行われていました。または、日本に来た外国人に「あなたは日本に来て楽しかったか」という満足調査のような意味のないものでした。
ただし、菅官房長官(当時)のもとでは、問題解決の視点で徹底的に調査をしました。日本に来てくれている人たちがなぜ来ているか、ではありません。「日本にいる間に困ったことは何か」という調査です。「カードが使えない」「ゴミ箱がない」「トイレの使い方がわからない」「Wi-Fi がない」こういう問題を国策として一個一個潰してきました。また、「諸外国に行っていながら日本に来ない人はなぜ来ないのか」という調査をしました。
観光戦略が立ち上げられた当初は、海外に対して、日本は伝統文化であるおもてなしが素晴らしい国ですという情報発信をしていましたが、やってもやっても訪日外客数は増えなかったのです。観光というのは総合的なものですので、当然ながら伝統文化についても発信しなければなりませんが、それだけだと人が来ない。多様性を前面に出して、小さな問題を一つ一つ解決していく先に、インバウンドの成長があるのです。
5.多言語化しないのは大きな機会損失
問題解決とは、「海外から来た人は日本のことが何にもわからない」という視点で周りを見ることから始まります。
地方では例えば、ホテル自体はよくできているかもしれないけれど、文化財との連携、または町との連携ができていない。この前、訪れたある都市では、DMO が先進的な取り組みをしている一方で、駅に着いてから地元の重要な観光資源である神社までの道のりに、標識が無かったのです。これでは神社の存在すらわかりません。
多言語での情報発信も、問題解決の一部です。多言語で標識を出すだけで良い、そんなに大変なことではないはずです。細かいことだと思われるかもしれませんが、非常に重要です。日本は国立公園・文化財・伝統文化・食・都心・買物、色々なところに競争力の非常に高い観光資源を多く有しているにもかかわらず、こういう細かいところで大変な損をしていると実感しています。
店でカードが使えるか、オンライン予約ができるか、メニューを英語にできているか、多言語化できているか。これらができていなければ、外国人は有給休暇を取って大変なお金と多くの時間をかけて日本まで来ているのに、おもてなしの心で丁寧に頭を下げられたからといって、その損は取り戻せません。
外国人の視点にたった問題解決という意味で忘れられないのが、成田空港に視察に行った時のことです。日本人向けの入国手続きブースがたくさんあって、外国人用は少しだけ。日本人はすぐ入れるのに、外国人は1時間も2時間も並んでいました。「空いている日本人向けブースに立っている人たちは、外国人の対応ができない人ですか」と質問したら、「対応できます」と。「では何故、外国人を通さないんですか」と聞いたら、「日本人と書いてあるので外国人を通せません」と。何もしていないなら外国人を通したら良いと思いましたね。その時の国策として、入国審査待ち20分以内を目指していました。今では20分になりましたよ。
6. 「量から質」のポイントは「皆で稼ごう」の心
日本は、食・文化、そして自然という意味で非常に恵まれている国ですが、残念ながら観光収入の半分を占める飲食・宿泊の賃金水準は日本の中で最低レベルです。外国人にできる限りの外貨を持って来てもらい、円に換えてもらうことで、この問題を解決することがインバウンド観光戦略の最大の目的ではないでしょうか。
観光に携わる皆さん一人一人が、より多くの収入を稼げるようになっていただきたい。それはご自分のための賃金という形だけでなく、周りの従業員に、地方のために、そして、賃金が30年間横ばいだった日本全体のためになることは間違いないです。皆さんに稼いでもらうためにも、設備投資をして観光資源を整えていく必要があります。
観光に携わる人材の皆さんは、地元でいろんな問題を解決していくこと。なおかつ、意味のない満足調査ではなく、「困ったことは何でしたか?何があれば、もっと楽しい時間を過ごせたと思いますか?」といった調査や改善に取り組める人材が必要です。そういう考え方の人が増えれば増えるほど、日本の観光は大いに稼ぐことができて、特に地方経済の活性化に繋がり、観光振興の本来の目的を初めて達成できるといえます。
この観光戦略は、小さな取り組みから大きな目的を達成するため、また、潜在している日本の観光魅力を実現していくための戦略であります。皆さんが、問題解決できる人材として、日本の魅力を稼げる観光資源に変えることがポイントです。そして「量から質」を実現するうえでの最大のポイントは、「皆で稼ごう」という心だと思います。観光戦略を持って、経済に対して大いに貢献をして、なおかつ飲食・宿泊業界の皆さんの生活を豊かにする。そういう人材・そういう戦略を、皆さんと共に築き上げていきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。
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佐藤菜摘
前職は、広告代理店にて大手CVSの担当営業として、販促物製作やブランディングプロジェクトに従事。2016年WOVN Technologies株式会社に入社し、広報業務を担当。2022年よりMarketingチーム。