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インバウンド2.0 は「量」から「質」へ|弁護士・齋藤氏、JNTO・蔵持氏、 DENEB・永原氏|GLOBALIZED インバウンド2.0
北野 光平
Wovn Technologies株式会社は、2023年2月16日に国内最大級のインバウンド特化型カンファレンス「GLOBALIZED インバウンド 2.0」を東京タワーにて開催し、訪日観光に関わる多様な業界の方に向けて「訪日 DX で進化する日本の未来」をテーマにお届けしました。
当セッションでは、「インバウンド2.0 は “量”から“質”へ 〜新たな価値創造を徹底討論〜」と題して、ナイトタイムエコノミー協議会・日本政府観光局(JNTO)・トラベルデザイナーと立場が異なる御三方に、アフターコロナにおけるインバウンド対応の変化について、ディスカッションしていただきました。
【登壇者】
齋藤 貴弘 氏
Field-R法律事務所 弁護士
一般社団法人ナイトタイムエコノミー推進協議会 代表理事
弁護士として各種法務コンサルティングを行うとともに、それら実務経験を踏まえてルールメイキングや政策形成に関与。ナイトエンターテインメントを規制する風営法改正を主導するとともに、改正後はナイトタイムエコノミー政策の立案・実装をサポート。近年はナイトタイムの枠に限られず、文化・観光・まちづくりを横断する観点から文化庁や観光庁の関連施策のアドバイザーを務める。著書に「ルールメイキング-ナイトタイムエコノミーで実践した社会を変える方法論-(学芸出版社)」
蔵持 京治 氏
JNTO (日本政府観光局) 理事長代理
1968年、東京都生まれ。1992年運輸省(現国土交通省)入省。観光部旅行業課、自動車局旅客課課長補佐、鹿児島県交通政策課長、長崎県警察本部警務部長、㈱日立製作所情報通信システム社事業開発部担当部長、内閣官房内閣参事官、観光庁観光資源課長、総合政策局交通政策課長、日本政府観光局企画総室長・理事などを経て、2022年7月より理事長代理に就任。
永原 聡子 氏
Deneb株式会社 共同創業者・代表取締役
アトリエラパズ株式会社 代表取締役
外資系金融機関を経て、上質な宿泊施設の企画・開発およびサステナブル・ツーリズムを主軸に置くコンサルティング会社アトリエラパズ(株)を設立。その後、欧米の富裕旅行者向けトラベルデザイン会社DENEB(株)を共同創業し、ストーリーを軸に置いた旅を提供する。スモール・ラグジュアリー・ホテルズ・オブ・ザ・ワールド(SLH)日本アンバサダー兼新規加盟施設審査担当、宿泊施設活性化機構(JALF)理事。国土交通省・観光庁事業の委員、文部科学省・文化庁事業コーチを歴任。
目次 1. 観光に求められるサステナビリティ |
観光に求められるサステナビリティ
齋藤(弁護士):
本セッションでは、『インバウンド2.0は「量」から「質」へ』というテーマで、蔵持さんと永原さんにお話を伺っていきたいと思います。まずは、アフターコロナのインバウンド観光において、どのように「質」を重視していくのか、蔵持さんから国の方針・戦略をご説明いただけますでしょうか。
(弁護士/ナイトタイムエコノミー推進協議会 代表理事 齋藤氏)
蔵持(JNTO):
2016年の3月に「明日の日本を支える観光ビジョン」という目標が政府から出されました。訪日外国人旅行者数として、2020年に4,000万人、2030年に6,000万人。訪日外国人の旅行消費額は、2020年に8兆円、2030年に15兆円。そして地方部での外国人延べ宿泊者数が、2020年に7,000万人泊、2030年に1億3,000万人泊。その他、外国人リピーター数や日本国内旅行消費額といった目標が掲げられていました。
そして、目標に対する進捗状況と、今後3年間のインバウンドの目標をどう設定するのか、まさに最近になって政府内で議論が進められております。
現時点で政府は、2025年の目標として「持続可能な観光に取り組む地域数を100作る」ことを掲げています。また、旅行の消費単価を一人当たり20万円に、地方部の宿泊を一人当たり1.35泊から1.5泊に延ばすことも目指しています。
一方で、2016年時点では大々的に掲げられていた旅行者数目標の優先順位は下がり、2019年の水準超えを目指すことになっています。政府が目標の優先順位を変化させたことによって、インバウンドが「量」から「質」へ転換したことが見て取れます。
政府が観光ビジョンを検討するにあたり重要な考え方が「サステナブル・ツーリズム」です。サステナブルツーリズムとは、訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の「環境」「社会文化」「経済」への影響に十分配慮した観光のことをいいます。
では旅行者にとってのサステナブルな行動というのは、一体どのようなことを指すのでしょうか?
Expedia が11カ国・11,000人を対象にオンラインで行った調査結果によると、過去2年以内の旅行において「地域のレストラン・ショップで購入をする」「地域の文化的歴史的な遺産を訪問する」「環境に優しい交通手段を使う」という行動をとった旅行者が過去2年間の間に4割を超えていることがわかりました。このような旅行者の意向、あるいは実際の行動が、これからの観光産業や受け入れ地域の価値の源泉になっていくと思います。
「質」を高めるために、今ある価値を発掘
齋藤(弁護士):
蔵持さんありがとうございます。永原さん、観光産業の姿勢が「量」から「質」へ転換していくにあたり「トラベルデザイン」というワードが最近様々な場面で飛び交っているように感じます。トラベルデザイナーとして活躍されている永原さんは、具体的にどのようなお仕事をどのようなスタンスでやられているのかご説明いただけますでしょうか?
永原(DENEB):
当社は業種でいうと旅行会社なのですが、あえて私たちが「トラベルデザイナー」と称するのには理由があります。決まったものをただ組み合わせてパッケージ化して人に売ることはせず、きちんと旅行者のニーズを聞いたうえで、その人に最適な目的地、体験、ストーリーを組み上げていく。いわば「編集作業」を行っているからです。
例えば、日本を初めて訪れる外国人観光客の方は、まずは京都や東京タワーといった誰もが知っている有名どころに行く傾向があります。ですが、そこから「本物の体験」をしたいとなった際に、彼らの引き出しにないものを提供して感動を作っていく。それがトラベルデザイナーの役割だと考えています。
旅の目的地を提案して、旅行中もトラブルがないように伴走する。お客さんは富裕層、あるいは超富裕層の方が多いので、時にビジネスの話が生まれれば、それも織り込んでどんどんアレンジしていく。私たちは旅のエンジニアリングをトラベルデザイナーとして担っています。
齋藤(弁護士):
まさに地域毎に、文化や自然、ライフスタイルなど、多様な価値があるなかで、その価値を引き出して編集し、お客さんの目線で提供する。非常に面白いお仕事をされていますよね。
新たな価値創造という観点で、インバウンドにおけるナイトタイムエコノミーのお話を少しすると、すごくゴージャスなナイトクラブや高級レストランよりも、実はひなびた横丁だったり、地元の人が通う定食屋だったり、あるいはあまり知られていないけど隠れ家のようなお店だったり、が人気であることもあります。
そのようなことを踏まえて、「量」から「質」へというときの「質」とは何なのか。その価値について永原さんはどうお考えですか?
永原(DENEB):
まずは、価格が高ければなんでもいい、というわけではないです。わかりやすいものでいうと、ルーフトップバーでのプライベートダイニングを求めている方は実はあまり多くはないです。なぜならそれらは、シンガポールやニューヨークといった世界中の都市にもっと良いものがあるからで、他でできることをわざわざ日本でやる必要はないと感じています。
実際に私が接するお客様に聞いてみると、本当に行きたいところは、庶民的なうどん屋だったり、屋台だったり、ラーメン屋だったり。先日は、新宿のゴールデン街のお店を貸し切りたいというお客さんもいらっしゃいました。そこでは価格は関係ないのです。その場所自体の価値を、これが本物だということを彼らは認識しているので、値段はあってないようなものなんです。
日本の魅力というのは、綺麗にパッケージ化されたものではなくて、ありのままの自然の中で作り上げられてきた、街、お店、人、それぞれとの接点に内在していると思います。
齋藤(弁護士):
トラベルデザイナーとして、そういった価値を伝えていくうえで工夫されていることはありますか?
永原(DENEB):
本物の人に会っていただくことですね。とにかく人に尽きます。観光客の方にお寺に行っていただくときも、いわゆるガイドだけではなくて、お坊さんと直接会話してもらう。一対一で話すこと自体にすごく価値があると考えています。とにかく人を発掘することが自分の仕事だと思ってます。
(Deneb株式会社 永原氏)
齋藤(弁護士):
一方で国という立場からすると、個人のストーリーやパーソナルな体験を構築するというのは難しいことかと思いますが、蔵持さんはいかがお考えでしょうか?
蔵持(JNTO):
最後は人が重要だというのは、永原さんがおっしゃる通りです。
一方で、やはり国や地域という立場からすると、個人に対してダイレクトに人を紹介するというのはなかなか難しい。我々の役割としては、地域ならではのストーリーを、その地域で編集してもらい、それを発信していくことだと思います。
ただ、ストーリーを支えているその地域にお住まいの方や、サービス提供を行う地元の方からすると、昔からあるものや、長く続いてきたものが当たり前になってしまっていて、そこに存在する価値に気付けていないことがすごく多い。そういった価値をいかに地域の中で発掘するかが国や地域の仕事で、さらにはトラベルデザイナーである永原さんのような方の仕事だと思います。
齋藤(弁護士):
「量」から「質」へというと、「質」というのはすごく豪華なものを作らなければならないのではないかという認識が生まれそうになります。しかし、これまでのお話を振り返ると、インバウンド、特に富裕層を真に魅了するものは、実は皆さんの足元にあって、それをどう発掘していくのかが一番重要だということですね。
インバウンドに向けたこれからの情報発信
齋藤(弁護士):
地域に存在する、素朴だけれども本物の価値を見つけることが重要という話をしてきましたが、「それをどのように発信していくのか」を次のディスカッションテーマにしたいと思います。
私は文化庁や観光庁で様々な事業をサポートさせていただいているのですが、昨年、福井県の「タケフナイフビレッジ」という施設で刃物を作ってる職人を訪ねた時の話をご紹介させてください。
今まで刃物職人というのは、中間卸の人たちに対し、いつまでにいくらで何本おろす、という目標設定をしていました。しかしそれだと自分たちの作っているモノの価値が中々掴みにくい。お客さんがどこに価値を感じ、どのような場面で使っているのか、お客さんの姿が職人自身には見えにくい。しかしながら、職人の技術はお客さんの要望を細かく汲み取り、それに応えていくという営みの中で進化し、また職人の誇りにつながってきたわけです。中間流通の高度化は非常に効率的で便利ではあるのですが、職人が持つ真の価値を損なわせてしまう可能性がある。
「タケフナイフビレッジ」は、職人の工房を見学できるようにし、ギャラリーやショップを併設したところ、国内外から多くのお客さんが訪れてくれるようになった。その中には、海外のトップシェフも多くいて、刃物としての有用性だけではなく、職人が持つ美意識や哲学、歴史に感動し、世界中の人気レストランのオープンキッチンで日本の包丁が使われ、それがまた日本の刃物の認知度を広めているといいます。
中間流通を通さず、直接ユーザーに届けることで、自分たちの秘めた価値を発見する。
その経験から、情報発信の仕方も今後多様化していくのかなと思いました。誰かを介してではなく、直接文化の担い手・作り手が発信をしていくことによって、本来の価値をどう伝えていくか。「質」を重視するにあたって、発信の方法にも工夫が必要だと思います。
永原さん、トラベルデザイナーとしてストーリーを発信していくような人材は、どのような方が多いですか?
永原(DENEB):
当社でいうと、元ジャーナリストやライター、エディティングの能力に長けていて、ストーリーをきちんと作り上げて言語化できる方や、あるいは魅力的なものを写真や動画に収められる技術を持っている方、フォトグラフィーの技術を持っている方などですね。
経験上、海外の方は少し違う角度で物事を捉えてくれることが多いなという印象がありまして、外国人トラベルデザイナーのニーズも多いです。
齋藤(弁護士):
今までの観光は、ツアーとして作り上げてそれを一定の販路で販売していくことが多かったと思います。一般的なツアーと、トラベルデザインによって生まれる旅との一番の違いはどういったところでしょうか?
永原(DENEB):
私は昔からツアーが苦手で、決まったことをやらされることに全然面白みがないと思っていました。旅の魅力は、余白があって、想定していない出会いがあってこそ生まれると思うので、「どこどこに行ってみたい!」というきっかけとなるストーリーを作ることは大切ですが、その先にはあえて柔軟性を持たせて自由に動けるようにするからこそ、旅が面白くなると思います。
齋藤(弁護士):
その余白の中で、「なぜこんな文化がこの地域にあるんだろう?」と知的好奇心が湧くわけですよね。
永原(DENEB):
そうです。例えば、あるお寺を訪問すると、お抹茶と砂糖でできたお菓子が出てくる。これについて、昔の砂糖はとても価値が高く、とても大切なお客様に出すものであったことを説明したうえで食べていただくのと、ただお菓子を出すのとでは全然違いますね。
蔵持(JNTO):
たしかに、体験に付随する歴史の説明がされて、そこで感動が生まれるところまでいけば一番いいですよね。
一方で、そもそも我々が最も大切にしないといけないのは、世界中の旅行者に、日本に行こうと最初に思ってもらえるような環境作りだと思います。
ニューヨーク、ロンドン、パリ、それからシンガポールに住んでいる人。世界中の旅行者が、旅をしたいと思ったときに、日本が旅行先としてまず認知されているかが重要です。
我々の調査では、イギリスの半分程度はまだ日本を旅行先として認知しておらず、フランスではもう少し認知が増え、シンガポールになるとかなり多くの人が日本を旅行先として認知してくれている、といった調査結果も出ております。
日本を旅行先として認知してもらうには情報発信が必要です。我々が出したいものを出すのではなく、海外の方が触れるところに我々の情報を置くこと。ターゲットを絞りその人たちが見たいものを見えるところに置くこと。そこをしっかりやるべきだと思います。
(JNTO 蔵持氏)
齋藤(弁護士):
冒頭で出てきた、旅行の消費単価20万円という目標数字にも関わってきますが、日本のファンになってもらうためにも、旅行の「質」がキーとなります。
そこで、旅マエの期待値を高めつつストーリーを事前に知ってもらうような情報発信もとても重要になると思いますし、旅が終わった後も、継続して地域のファンになってもらえるような活動も重要です。
消費単価20万円というのはあくまで旅ナカの数字にすぎないわけで、旅マエ、旅アトの設計も含めた全体の「質」にこだわることで、より強いファンを作り、大きな経済効果を作っていくことができるのではないかと思います。永原さんはそのようなご経験はありますか?
永原(DENEB):
まず、私は消費単価にはあまり惑わされてはいけないのかなと思っています。それよりも、長期滞在のなかで特定の場所にいることによって、結果的にきちんと地域にお金が落ちていくような仕組みを作ったり、お金を使っていただけるポイントを増やしていくというのが大切なことだと考えています。
旅マエは「そこに行きたい」と思っていただけるように、旅行者を魅了するようなストーリーや映像、画像などの情報発信が必要ですが、旅が始まってしまえば、そこからは完全に旅中で出会った人と、その交わり方の深さによって、旅の「質」が随分変わっていくのではないかと思います。また、今の時代だからこそ、良い情報は自然と広がっていくと感じます。
齋藤(弁護士):
強い体験があれば、インフルエンサーたちが自然と情報発信をする。それだけで一気に注目度が上がります。そこで発信される内容も、別に著名な観光地や観光商品である必要は全くないと思います。例えば、先日、著名な海外ミュージシャンの日本旅行をお手伝いする機会があったのですが、彼女が面白いと思ったちょっとした日常の風景やローカルのアーティストの作品などInstagram にアップしていくと、それらはあっという間に世界中にいる数千万人のフォロワーの注目を浴びていくことになるわけです。今まで光が当たらなかったものに着目する、という発信のされ方も今後増えていくのかと思います。
永原(DENEB):
発信の対象になるものって、実は国宝とかでなくてもいいんですよね。
蔵持(JNTO):
街中の様子とかでもいいですしね。
齋藤(弁護士):
今回のセッションは以上となります。ありがとうございました。
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北野 光平
新卒で、国内大手IT企業に入社し、事業企画として新規サービスのPMO、業務改善・事業戦略構築を担当。 2021年に WOVN に入社しCustomer Success として WOVN.io の導入を多数経験。現在は、Marketing Section Headとしてマーケティング戦略・業務全般に従事。