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企業 DX に多言語対応は必須?〜 より多くの従業員へ価値を届けるデジタル環境とは 〜|SmartHR 桝田氏・リュウ氏、サイボウズ 殿岡氏・眞鍋氏|GLOBALIZED 外国人材とダイバーシティ経営
佐藤菜摘
本記事のポイント
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多言語対応の意義は、“すべての従業員が使えること”。 “世界で一番使われるサービスになるための土台”。
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開発チームを巻き込こんだ多言語対応がカギ
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ユーザーのペインや事業全体の戦略を踏まえ、効果の高いとこから優先順位をつけて多言語対応を進める
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WOVN のようなツール導入という選択肢でスモールスタートするのも一つの案
Wovn Technologies株式会社は、2024年11月13日に「GLOBALIZED 外国人材とダイバーシティ経営」を開催し、「誰もが活躍できる多言語対応・デジタル環境整備とは」をテーマにセッションをお届けしました。
パネルディスカッションでは、SmartHR の桝田氏とリュウ氏、サイボウズの殿岡氏と眞鍋氏を迎え、「企業 DX に多言語対応は必須?〜 より多くの従業員へ価値を届けるデジタル環境とは 〜」と題して、自社サービスを多言語対応する目的や実際に多言語対応してわかった課題などについてお話いただきました。本レポートではその内容をご紹介します。
【登壇者】
桝田 草一 氏
株式会社SmartHR
アクセシビリティ本部 ダイレクター
アクセシビリティスペシャリスト
2014年に製造業向けの法人営業からフロントエンドエンジニアに転身。2017年にサイバーエージェントに入社、ウェブフロントエンド開発や、全社のアクセシビリティ推進を担当。その後、2021年にSmartHRにプロダクトデザイナーとして入社。従業員サーベイ機能のプロダクトデザインのほか、2022年にアクセシビリティと多言語化を専門とするプログレッシブデザイングループを立ち上げ、全社のアクセシビリティ推進に従事。
リュウ ホンギ 氏
株式会社SmartHR
アクセシビリティ本部
多言語化対応ユニット
マルチリンガルマネージャー
ベトナムで経済の大学を卒業した後、2016年に留学生として来日。2018年に日英通訳・翻訳専攻の専門学校に入学。2020年にメディア系の日本の会社に入社、コンテンツのローカライゼーション・翻訳を編集長として担当。2023年に、登録支援として外国人労働者をサポートする会社に入社、労務環境や外国人の働く状況を学ぶ。2024年にSmartHRにマルチリンガルマネージャーとして入社、現在主にベトナム語とやさしい日本語を担当。
殿岡 理恵 氏
サイボウズ株式会社
kintone開発チーム
ローカライズチームマネージャー
2020年よりプロダクトライターとしてkintoneのオンラインヘルプやUIのライティングに携わる傍ら、多言語展開にも従事。
2022年にはローカライズチームを立ち上げ、現在はそのマネージャーとして、製品のローカライズを通じてグローバル展開をサポートしている。
眞鍋 愛 氏
サイボウズ株式会社
kintone開発チーム
ローカライズディレクター
2022年よりkintoneオンラインヘルプやUIの多言語化ディレクションを担当。kintoneをはじめとした各種製品の多言語翻訳プロセスの検討・改善を主導している。
また、社内通訳・翻訳チームのコーディネーターとして、社内資料やシステムの多言語化に関わる。
目次 |
WOVN 山﨑:
本日は、「企業 DX に多言語対応は必須?」というテーマで、SmartHR 様とサイボウズ様がどのように多言語化を進めているか、運用を始めてからどんな課題が出てきたかなど、リアルなお話をパネルディスカッション形式でお伺いしたいと思います。
各社の多言語対応の現状と体制
SmartHR 桝田:
SmartHR アクセシビリティ本部 Director の桝田です。
当社は、「労働にまつわる社会課題をなくし、誰もがその人らしく働ける社会をつくる。」をコーポレートミッションを掲げています。社名と同じ「SmartHR」というサービスは、もともと入社手続きや年末調整の申請などの労務管理クラウドソフトウェアとしてスタートしました。現在は人事評価や配置・育成などのタレントマネジメントでも活用できるサービスです。
アクセシビリティ本部は、コーポレートミッションにあった“誰もが”の部分にコミットしています。たとえ日本語が得意でなくても、障害を持っていても、誰もが SmartHR を利用できることを目的に、多言語化とアクセシビリティを推進しております。
SmartHR リュウ:
ベトナム出身のリュウです。現在は SmartHR アクセシビリティ本部の多言語ユニットマルチリンガルマネージャーとして、主にベトナム語とやさしい日本語を担当しております。
SmartHR 桝田:
当社は、日本の企業で働く日本語が得意でない方向けに多言語対応したサービスを提供しております。日本企業でもノンジャパニーズスピーカーが多いので、WOVN.io を活用し、英語、韓国語、タイ、繁体字、簡体字、ベトナム語、ポルトガル語、インドネシア語を提供しています。今はそれに加えてやさしい日本語の提供も行っております。
こちらのデータは、SmartHR ユーザーがどの言語でウェブブラウザを利用しているかを表しています。最近は東南アジアの言語が増え、特にインドネシア語の設定ユーザーが多いことから新たにインドネシア語を対応しました。
WOVN 山﨑:
弊社も SmartHR ユーザーです。外国人従業員が多く在籍しているので、非常に助かっております。続いて、サイボウズ様もご紹介お願いします。
サイボウズ 殿岡:
当社は「チームワークあふれる社会を創る」ことを企業理念に掲げ、それを達成するためのグループウェアの開発・販売・運用を行っております。具体的には、「サイボウズ Office」「サイボウズ Garoon」「kintone」「Mailwise」などのサービスを提供しております。
私は、kintone の開発本部の中にあるローカライズチームの部長をしている殿岡です。ローカライズチームは、製品画面に表示される文言やオンラインヘルプの翻訳はもちろん、製品全体のローカライズにも幅広く寄与しています。
サイボウズ 眞鍋:
kintone ローカライズチームディレクターの眞鍋です。私は、Translation & Interpretation部英語チームのコーディネーターも兼務しております。
このチームは、「グローバルに広がるチームワークを言語面で支援する」というミッションを掲げ、海外拠点メンバーや日本拠点のノンジャパニーズスピーカーメンバーを含めた、社内外の円滑なコミュニケーションに貢献しています。
サイボウズ 殿岡:
組織体制は、サービスをつくり運用する、広げる、支えるの3つのパートに分かれています。我々開発本部は「つくる・運用する」部分です。開発本部の中もサービスによって事業ラインが分かれており、それぞれの開発チームの中に翻訳担当やローカライズディレクターが所属しています。
サービス多言語対応のきっかけは、“お客様の要望”と、“グローバル戦略”
WOVN 山﨑:
では、なぜ自社サービスの多言語化が必要だったのでしょうか。
SmartHR 桝田:
当社は日本企業に向けてサービスを提供していますので、最初は日本語のみでした。海外展開も行っていないので、多言語化は遠い存在でした。ですが、日本語が得意でない従業員を雇用しているお客様から要望をいただき、その声に対応する形で多言語化を進めてきました。
リュウさんは前職で外国人労働者の支援をやっていたので、外国人従業員の年末調整に関するリアルなペインを知っていますよね。
SmartHR リュウ:
前職では、11月は年末調整の作業が大変で、毎日夜11時頃まで作業することが当たり前でした。加えて、年末調整は日本独特の制度ですので、この制度自体を外国人従業員に説明することが、管理者側にとっても大変でした。
(左から SmartHR リュウ氏、桝田氏)
SmartHR 桝田:
我々のサービスを導入しても言語面が理由で、外国人従業員が使えないとなると、別に翻訳付きの紙で対応するなどプロセスは二重化してしまい、結局コストも削減できなくなります。当社のサービスはすべての従業員の方が使えることに意義があると思いますので、多言語化はすごく大事だと考えています。
WOVN 山﨑:
サイボウズ様はいかがでしょうか。
サイボウズ 殿岡:
我々ローカライズチームは、グローバル展開に貢献するチームです。サイボウズは世界で一番使われるグループウェアを目指していますので、そのためには当然多言語化が必要です。
日本企業の海外拠点で製品を使っていただいてるケースや、日本企業の日本語話者以外の方に使っていただくケースもありますが、もともとはグローバル展開を目的に多言語化を行いました。
WOVN 山﨑:
SmartHR 様はお客様からの要望、サイボウズ様はグローバル戦略として、それぞれ多言語対応の必要に迫られた、ということですね。
多言語対応はステークホルダーが多い。いかに開発チームを巻き込めるかがカギに
WOVN 山﨑:
では、いざ多言語化に取り組みはじめて、課題はありましたか?
サイボウズ 眞鍋:
これが、当社の日英の UI 文言作成と、ヘルプ翻訳の流れ、その関係性を表した図です。ご覧の通り、ステークホルダーが多く、様々な工程が存在します。
当初は、日本語の UI が完成した後に翻訳チームで翻訳する流れでした。しかし、ローカライズチームが立ち上がり、今後のグローバル展開を考えて、デザイナーも巻き込みながら、よりローカライズに適した文言を日英同時に考える方が良い、という動きが出てきました。そのため、現在は機能の意図やユーザーストーリーを UX ライターとして理解しながら日英同時に文言の作成を進めています。
当社の場合、私たちは開発本部に所属しているため、このようなチーム体制が組みやすかったのだと思います。現在は、画面のデザインができる段階から、デザイナー、日本語ライター、英語ライターが一緒に Figma(コラボレーションデザインツール)を見て、適切な文言を考えています。
WOVN 山﨑:
ステークホルダーが非常に多い中でどのように連携を取っていますか?
サイボウズ 眞鍋:
PMやエンジニアとの定例会議を開いたり、プロダクトバックログが管理されているkintoneのアプリを活用したり、日本語と英語のライターが一緒に文言を検討する朝会を開くなどしています。
SmartHR 桝田:
サイボウズさんの体制はとても羨ましいです。当社では、日本語で開発されたものを翻訳している状態ですので、開発チームと密な連携が取れていないことが非常に課題だと思っています。
年末調整はインターフェースが毎年変わるので、多言語対応が遅れると、多言語話者にとっては年末調整期間が短くなるなどの影響がでてしまいます。ステークホルダーが多く、連携がうまく取れていないことに加えて、多言語化をマネジメントしつつ、開発チームと対等に話せる人材がいないことが今の課題ですね。
WOVN 山﨑:
両社とも、多言語対応に関わるステークホルダーが多い中で、開発チームをいかに巻き込めるか、巻き込める人材を用意するかが非常に重要なポイントなんですね。
ユーザーのペインや、ミッション・事業戦略を踏まえ、多言語対応の優先順位づけを
WOVN 山﨑:
多言語対応の意義や成果、コストについて皆様がどのように捉えているのか。それに対してどういうコミュニケーションを社内で取られているのでしょうか。
SmartHR 桝田:
当社では、ユーザーの使用言語を調査し、人事担当者や管理者がどれくらい困っているか、言語がネックになっている商談がどれくらいあるかといったデータを収集しています。また、多言語対応によって年間どれくらいの売上や利益が上げられるのかを計算し、費用対効果を説明しています。
さらに、本当の意味で“誰もが”使えるプロダクトを目指すために、我々が実現したいミッションを通して多言語対応の意義も伝えています。
最近はやさしい日本語の対応を進めています。これは、日本で働く外国人の方で日本語をある程度学習している方をターゲットに、わかりやすい日本語で書くことで一定の理解を促す、コストパフォーマンスの良い施策として実行しています。
WOVN 山﨑:
言語数は増やそうと思えばいくらでも増やせるので、どこまで担保していくのかはなかなか難しいところですよね。その一つの解決策として、やさしい日本語対応を進められているのは非常に興味深いお話でした。サイボウズ様はいかがでしょうか。
サイボウズ 殿岡:
多言語対応の投資対効果は、説明が非常に難しいです。言語を増やしたからといって、その地域の売上が増えるかどうかは、正直やってみないとわかりません。
ただ、その地域の言語展開をしていないと、そもそも土俵に上がれないケースもあります。逆に、販売コストをかけていない地域でも、言語展開しているだけで自然に売れていく可能性もあります。
ですので、私たちの場合は、オンラインヘルプの各言語での PV 数推移をウォッチしたり、地域ごとの販売戦略や事業全体の戦略を考慮したりして、一番効果の高い選択肢を取っています。
(左から サイボウズ 殿岡氏、眞鍋氏)
ここでひとつポイントになるのが、人力翻訳をしてしまうと後戻りができない部分もあるということです。例えば、WOVN さんのようなツールの導入や、機械翻訳という選択肢でスモールスタートしてみるのも一つの案だと思います。そして、実際にユーザー数が伸びていきそうだと判断したら、優先度の高いところから徐々に人力翻訳に切り替えていくなど、いろんな選択肢から一番効果の高い方法を選択しています。
WOVN 山﨑:
戦略的な要素を鑑みた上で多言語対応を進めることや、翻訳品質も段階を踏んでいくことが大事なんですね。
SmartHR 桝田:
翻訳品質についての社内説明が難しいですね。
WOVN 山﨑:
当たり前品質になりやすいというか、少しでもダメだったらクレームになるっていう、この落としどころが非常に難しいですよね。
サイボウズ 眞鍋:
やはり人力の翻訳者がいると品質は上がると思いますが、その品質の向上が本当に伝わるかどうかは、内容によると思います。例えば、ヘルプページと文芸作品では、求められる翻訳の質も、ターゲットユーザーも全く違います。
WOVN 山﨑:
例えば、コーポレートサイト一つでも、サステナビリティページと会社紹介ページでは内容が全く異なるため、翻訳の優先順位も変わってくると思います。どこまでコストをかけて、どこまで翻訳品質を上げるかのバランスを見つけるのは非常に難しい部分です。
では、まとめとさせていただきます。本日は学びがいくつかありました。
一つは、 開発組織をいかに巻き込むか。そして巻き込むための人材を据えることが重要であること。
もう一つは、 多言語対応の意義やコストといった共通認識が難しい部分は、優先順位をつけたり落としどころを決めることが重要であるということです。
SmartHR の桝田様、リュウ様、そしてサイボウズの殿岡様、眞鍋様ありがとうございました。
Web サイト多言語化のご相談は WOVN へ
Wovn Technologies株式会社は Web サイト多言語化ソリューション「WOVN.io」を提供しています。多言語化についてご興味のある方は、ぜひ資料をダウンロードください。
佐藤菜摘
前職は、広告代理店にて大手CVSの担当営業として、販促物製作やブランディングプロジェクトに従事。2016年WOVN Technologies株式会社に入社し、広報業務を担当。2022年よりMarketingチーム。