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日本企業が、今こそ世界で存在感を示す PR とは?― カンヌライオンズ2025 から見る、グローバル PR の潮流 ―|本田 哲也氏|GLOBALIZED グローバルブランディング

佐藤菜摘

本記事のポイント
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グローバルブランディングで重要なのは、「日本ではない社会」においてブランドに「意味」を持たせること
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世界の PR 潮流は、「事業をデザインする PR 発想」「ローカル文化・文脈の活用」「社会課題と事業成長の両立」
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グローバルで存在感を高めるには、多様な利害関係者を意識しつつ、「どう認識されたいか」を定め、各文化圏に共感される物語を発信する
Wovn Technologies株式会社は、2025年8月22日に「GLOBALIZED グローバルブランディング」を開催し、「本社が担う、世界から信頼されるブランドづくりと多言語コミュニケーション」をテーマにセッションをお届けしました。
基調講演では、PR ストラテジストである本田事務所の本田哲也氏を迎え、「日本企業が、今こそ世界で存在感を示す PR とは?― カンヌライオンズ2025 から見る、グローバル PR の潮流 ―」と題して、2025年6月に開催された世界最大級の広告祭「カンヌライオンズ」から見える世界の PR の潮流、そして日本企業のグローバルブランディングについてお話しいただきました。本レポートではその内容をご紹介します。
【登壇者】
本田 哲也 氏
株式会社本⽥事務所
代表取締役 / PR ストラテジスト
「世界でもっとも影響力のある PR プロフェッショナル300人」に『PRWEEK』誌によって選出された PR 専門家。2006年にブルーカレントを設立し代表に就任。2019年より株式会社本田事務所としての活動を開始。2023年にシンガポールに活動拠点を移す。著書に「戦略 PR 世の中を動かす新しい6つの法則」、「ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力」、「パーセプション 市場をつくる新発想」など多数。海外での活動も多岐にわたり、世界最大の広告祭カンヌライオンズでは、公式スピーカーや審査員を務めている。
目次 |
グローバルブランディングとは、日本以外の社会でブランドに意味を持たせること
私は長く PR の領域で活動しており、今年で26年目になります。2019年に独立した後、2023年にはシンガポールに拠点を移し、現在はコミュニケーションや PR を通じたグローバルな情報発信をテーマに活動しています。
ブランドについて、さまざまな解釈がありますが、私は「ブランドとは意味である」という定義に共感しています。お客様にとって何らかの「意味」を持つ存在になることで、リピートや常に想起されることにつながります。
今日のテーマでもあるグローバルブランディングにおいては、表面的な活動だけでは不十分です。海外で商品やサービスを流通させたり、海外メディアでコンテンツを制作・宣伝したりするだけでは、必ずしもグローバルブランディングができているとは言えません。
本質的には、「日本ではない社会」において、そのブランドに「意味」を持たせることがグローバルブランディングです。言葉だけでなく、文化や社会背景が異なる国や市場で意味を持たせる必要があります。そのためには、日本で培ったマーケティングやブランディングの思考を切り替え、新たな知見を取り入れる必要があるでしょう。
「たった3語の力」「鉄道会社が宝くじ」!? カンヌライオンズで注目を集めた PR 事例
先日、世界最大のクリエイティブ広告 PR の祭典である「カンヌライオンズ2025」が開催されました。今年は約100カ国から合計2万7,000点もの応募があり、 PR 部門だけでも1,500件のエントリーがありました。その中でショートリストに絞られたのが141件、実際に受賞するのはわずか44件と、数パーセントの狭き門となっています。
今回は、その中から特に注目すべき2つのキャンペーンをご紹介します。
まず1つ目は、フランスの保険会社 AXA が実施した「THREE WORDS」です。これは PR 部門でゴールドとシルバーのダブル受賞を果たしました。
フランスでは家庭内暴力(DV)が深刻な社会問題となっています。AXA は、火事や洪水、浸水の場合に仮住まいを提供するという住宅保険の規約に、「and domestic violence(および家庭内暴力)」というわずか3語を追加しました。これにより、DV による緊急避難も補償対象となったのです。
このシンプルな取り組みはフランス社会に大きな波紋を呼び、メディアを巻き込んだ全国的な議論を喚起しました。結果として、初月だけで121人の女性が救われ、契約件数も9%増加するという成果を上げました。これは単なる保険商品の PR ではありません。社会課題に対して企業は何ができるかという視点から発想され、業界全体に示唆を与える画期的な取り組みとして高く評価されました。
2つ目は、PR 部門のグランプリを受賞したインドのキャンペーン「LUCKY YATRA」です。これはインドの国営鉄道である Indian Railways が実施しました。インドでは1日2,400万人の乗客のうち、41%もの人が無賃乗車をしているという社会問題があり、これにより年間8.2億ドルの収益が失われ、鉄道会社は経営難に陥っていました。
この課題に対し、Indian Railways はインド人の「宝くじ好き」という文化に目をつけ、切符そのものを宝くじに変えるという解決策を打ち出しました。毎日駅や車内で当選者が発表され賞金が提供される仕組みは、年間売上を34%増加させ、6.8億ドルの収益増をもたらしました。罰則で取り締まるのではなく、前向きなアイデアで利用者の行動を変え、事業の持続可能性にも貢献したとして、審査団の満場一致でグランプリに選ばれました。
世界の PR三大潮流:PR発想 × ローカル文脈 × 社会課題と事業成長の両立
カンヌライオンズの受賞事例に見られるように、世界の PR には3つの大きな潮流があります。
1.「伝える PR」から「事業をデザインする PR」へ
1つ目は、「商品や企業の PR」から「PR 発想でデザインされた事業や取り組み」への変化です。これまでの PR は、できあがった商品やサービスをいかにうまく生活者や社会に伝えるか、という発想が中心でした。もちろんプレスリリースなどの情報発信は重要です。しかし今は、最初から「社会とどう関わるか」「話題にしていくにはどうしたら良いか」といった PR 発想・PR マインドを取り入れて事業や取り組みをデザインすることが求められています。先ほど紹介した AXA も、自社の保険規約を変えるという取り組み自体が PR であり、国内家庭内暴力対策への社会貢献活動を PR するのとは異なります。LUCKY YATRA も、宝くじ事業と呼べるような取り組み自体が PR の核となっています。
2.ローカル文化や社会文脈を活かすナラティブ
2つ目は、「ローカルの文化的背景や社会文脈」を活かしたナラティブ(物語)の創造です。以前は、グローバルで評価されるのは、地球環境や SDGs のような大きな課題に立ち向かうソーシャルグッドな話が多かったように思います。しかし最近は、先ほどの「インド人が宝くじが大好き」というような、ローカルな文化や文脈(コンテクスト)を巧みに活用する PR が増えています。複数の国で展開するような大きなプロジェクトであったとしても、その土地や地域のカルチャーにうまく適応することで、より素晴らしい PR となる傾向にあります。この点において、日本企業にはまだまだやれることがあると考えています。
3.社会課題と事業課題の両立
3つ目は、「社会課題解決」と「事業課題解決」の融合・両立です。これまでの PR は、事業へのインパクトが不明瞭であるという議論が常にありました。しかし、現在素晴らしい PR と評価されるものは、この両方を同時に達成しています。AXA は家庭内暴力問題を解決しながら契約数を9%増加させ、LUCKY YATRA も無賃乗車という社会問題を解決しながら鉄道会社の収益を大幅に改善しています。社会課題の解決が事業成長に貢献するという、両立の視点が非常に重要です。これも日本企業がまだ十分にできていない部分かもしれません。
今こそ日本企業は発想転換を。グローバル発信に必要な3つのキーワード
カンヌライオンズの事例や世界の潮流を踏まえ、日本企業がグローバルで存在感を示すためには、日本でやってきた広報活動や広告宣伝活動とは発想を変える必要があるかもしれません。グローバルで特に重要となる3つのキーワードをご紹介します。
1.マルチステークホルダー
1つ目は、「マルチステークホルダー」です。現代社会は複雑化し、利害関係者も多様になっています。PR を設計する際には、外部向けだと思っていた活動が、実は社内従業員のモチベーション向上や一体感の醸成につながったり、逆に社内向けの活動が素晴らしい外部 PR となったりすることがあります。チャネルやステークホルダーごとに個別対応するのではなく、多様な利害関係者全体に影響を及ぼすような設計をすることがグローバルでは必須になります。
2.パーセプション(正しく認識されること)
2つ目は、「パーセプション」です。パーセプションはいわゆる「認知度」とは違います。「知られること」も重要ですが、「正しく認識されること」がより重要です。海外で成功したいと考える際、単に広告を大量に打って認知度を上げようとしがちですが、これだけでは不十分です。異なる文化や市場で、自社がどのように捉えられているかという「認識」が重要になります。日本で効果的な広告クリエイティブが、海外では全く意味が通じないということもあり得ます。そのため、現地の見られ方を把握し、どのような認識を獲得したいのかを検討することが、国内以上に重要になります。
3.ナラティブ(多くの人が自分ごと化できる物語)
3つ目は私が最も重要だと考えている「ナラティブ(物語的な共創構造)」です。ナラティブとは単なる美しいストーリーではなく、「多くの人が自分ごと化できる話」を指します。企業と顧客、生活者、社会が一緒になって紡いでいくような、余白を持った物語のことです。人が物語に惹かれるのは万国共通の心理です。ただし、日本と同じナラティブが海外で通用するとは限りません。日本で魅力的と感じられる物語が、インドやヨーロッパでは異なる意味を持つ可能性があります。マルチステークホルダーを意識し、どのようなパーセプションを獲得したいかを考えた上で、各文化圏に適したナラティブをどう発信していくかを考える必要があります。難易度は上がりますが、この3つのポイントは避けて通れないでしょう。
欧州でのコーポレートブランディング実践例:味の素㈱「The Roots of Taste」
最後に、私もお手伝いしている、味の素㈱の欧州でのコーポレートブランディングの最新事例をご紹介します。
味の素㈱は、日本では誰もが知る企業であり、シンガポールやアジアでも90%前後の高い認知度と人気を誇っています。しかし、欧州では認知度が約10%に留まっています。現地では冷凍食品や B2B を含め幅広い事業を展開し、長年にわたって拠点も構えているにもかかわらず、その存在は十分に知られていません。
この状況に対し、味の素㈱は「日本発の食領域のグローバルカンパニー」、平たく言えば「食領域のすごい会社」というパーセプションを欧州で獲得することを目指すことにしました。
この目標を達成するために、欧州ならではの追い風や文脈を議論しました。1つは日本食の絶大な人気です。2023年末のデータでは、日本食は世界で2位の人気を誇り、欧州でも非常に強い支持を得ています。もう1つは、EUの「Farm to Fork 戦略」などに代表される食領域の潮流です。これは食料生産から消費までを包括的に改革し、環境負荷の削減、持続可能な農業、食の信頼性などを高めることを目的にした政策であり、環境意識が世界の中で最も高い、欧州ならではの特徴といえます。
味の素㈱の強みは、食品の枠を超え、地球環境や自然、そしておいしさにまで広く貢献している点です。その共通する要素は「アミノ酸」。アミノ酸こそが味の素の「らしさ」であり最大の強みと言えます。
そこで私たちは、ナラティブの方向性として「The Roots of Taste」という言葉を開発しました。味の素㈱という言葉を直訳すると「Essence of Taste(味の根源)」になりますが、欧州で伝える際には「The Roots of Taste」と打ち出すことにしました。これは、欧州の人々が「ルーツ」や歴史に対して非常に高い関心を持っていることを踏まえたものです。「The Roots of Taste」のナラティブは、アミノ酸を軸に「地球・社会・おいしさをつなぐ専門家」として、UMAMI を広め、分子レベルでおいしさを設計し、世界の食文化を豊かにしてきた企業であるという物語です。
「The Roots of Taste」をキーワードに掲げ、味の素㈱が“いついかなるときもアミノ酸を通じて地球・社会・おいしさを紡いできた”ことを示し、さまざまな活動を組み合わせて多様なステークホルダー(消費者だけでなく、流通関係者やシェフ、食の専門家など)に響くよう設計したのです。
先日のカンヌライオンズでもセッションを持ち、日本食の人気と合わせて味の素㈱のナラティブをアピールしました。
さらに最終的には、得たいパーセプションを「日本発のグローバルな味覚を起点としたイノベーション企業」と設定。今後も、この「The Roots of Taste」の物語を発信していきます。
グローバルブランディングにおいて重要なのは、「日本ではない社会」において、ブランドに「意味」を持たせることです。世界は、日本企業やブランドがもたらす「新たなナラティブ」を待っています。日本企業、日本人が新しいナラティブを世界に向けて作り、発信していきましょう。
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佐藤菜摘
前職は、広告代理店にて大手CVSの担当営業として、販促物製作やブランディングプロジェクトに従事。2016年WOVN Technologies株式会社に入社し、広報業務を担当。2022年よりMarketingチーム。
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