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二律両立を目指す飲食店 DX。丸亀製麺を運営するトリドールHDの全体戦略とグローバル対応|トリドールHD 磯村氏|GLOBALIZED インバウンド2.0
佐藤菜摘
Wovn Technologies株式会社は、2023年2月16日に国内最大級のインバウンド特化型カンファレンス「GLOBALIZED インバウンド 2.0」を東京タワーにて開催し、訪日観光に関わる多様な業界の方に向けて「訪日 DX で進化する日本の未来」をテーマにお届けしました。
当セッションでは、株式会社トリドールホールディングス CIO/CTO の磯村 康典氏を迎え、「二律両立を目指す飲食店 DX 丸亀製麺を運営するトリドールの全体戦略とグローバル対応」と題して、外食産業の現状や同社の戦略とこれまでの取り組み、ビジネスプラットフォームについてお話を伺いました。
【登壇者】
磯村 康典 氏
株式会社トリドールホールディングス 執行役員 CIO/CTO 兼 BT 本部長
1993年富士通株式会社へ入社し SE としてキャリアを開始。市町村向け福祉業務ソフトウェア開発やY市交通局統合業務システム開発・運用に従事。2000年にはソフトバンク株式会社へ入社し EC 事業担当 SE にキャリアを移し、イー・ショッピング・ブックス(現:セブンネットショッピング)の開発責任者として従事。2008年には株式会社ガルフネットの常務執行役員に就任し外食チェーン向け業務システムの開発責任者及び営業責任者を歴任。2012年に Oakキャピタル株式会社の執行役員 事業投資担当に就任し投資先企業の代表取締役・取締役・監査役等を兼任し、経営再建に従事。2019年より株式会社トリドールホールディングスの執行役員 CIO 兼 IT 本部長に就任。その後、株式会社トリドールビジネスソリューションズ代表取締役社長を務めたのち、現職にて DX 推進を行っている。
目次 |
外食産業の現状
まず外食産業の現状について、海外企業と日本企業を以下の4つの観点でみていきます。
- 売上高
- 店舗数
- 出店エリア
- 時価総額
1つめの売上高についてです。グローバルでの売上高トップ企業は「スターバックス」で、日本のトップ企業は、すき家で有名な「ゼンショーHD」です。そして私たちトリドールHDは、現在日本で7番手になっています。
ここで、世界と日本を比べてみると売上規模が一桁違います。世界のトップの売上高は3兆円。対して日本のトップは6,500億円で、トリドールHD は1,500億円程です。
次に店舗数でみると、世界では「マクドナルド」が、日本では売上高と同じく「ゼンショーHD」が1番手。トリドールHD は5番手となっています。
3つめの出店エリアについて、海外企業は「グローバルフードカンパニー」というだけあって、各社とも世界全域に出店しています。
一方で日本の外食産業は、海外には進出していますがアジアと中南米が中心で、偏りがあります。ここに関しては、トリドールHD は海外企業のようにグローバルに展開しています。
最後に時価総額についてですが、実はグローバルでも日本でも「マクドナルド」がトップです。このほか特徴的な点として、グローバルでは「DoorDash」、日本では「出前館」といったフードデリバリーサービスがランクインしていることが挙げられます。
以上のことを大きく3つにまとめると、以下のようになります。
- グローバルフードカンパニーのトップは売上高3兆円、時価総額25兆円、店舗数40,000店、出展地域は世界全域
- 日本の外食トップ企業は、売上高6,500億円、時価総額6,600億円、店舗数10,000店、出展地域は APAC や北中南米
- 売上高や店舗数トップ企業は、ファーストフード、カジュアルレストランが多く、投資家はデリバリーサービスに期待している
これが外食産業の現状といえるでしょう。
経営戦略を実現するためのDX推進
続いて、トリドールHDの経営戦略をお話します。まず、経営理念についてですが、私たちは「本能が歓ぶ食の感動体験を探求し世界中をワクワクさせ続ける」というミッションを掲げています。そしてビジョンは「予測不能な進化で未来を拓くグローバルフードカンパニー」。そしてこの2つをコーポレートスローガンという形で「食の感動で、この星を満たせ。」とまとめました。我々はこれを目指して事業に取り組んでおります。
さらに私たちがこれまでとても大切にしてきたこと、そしてこれからも大切にしていきたいことを「成長哲学 トリドール3頂」としてまとめています。それが『1「KANDO」の頂へ 2「二律両立」の頂へ 3「称賛共助」の頂へ』。これらが私たちの経営理念です。
これを実現するために経営戦略や DX への取り組みがある、とご理解ください。
そして経営戦略ですが、中長期経営計画では「世界中で唯一無二の日本発グローバルフードカンパニーを目指す」と掲げています。日本から世界に飛び立ち、グローバルフードカンパニーと呼ばれているような企業はまだ生まれていません。先ほどお伝えした通り、日本の外食企業はまだ中南米とアジアにしか進出していませんので、しっかりとグローバルで戦える、マクドナルドやスターバックスのような規模の会社を目指しています。
具体的には3か年計画として2,500店舗、2,200億円の売上を、そして中長期計画では5,500店舗、3,000億円の売上を目標に、4つの重点テーマと、ESG マテリアリティを掲げています。(下記図参照)
いずれも DX 推進と紐づけて取り組んでおりますが、あくまで経営戦略を実行するための一部として DX を推進しています。
レガシーシステムを廃止するためのトランスフォーメンション
ここからは、トリドールHD の DX 戦略をお話します。
トリドールではレガシーシステムを廃止するためのトランスフォーメーションとして「DX ビジョン2022」を公開しています。
発表したのは2021年の1月ですが、実は2019年の12月から取り組んでいました。
スタート時点での我々の業務システムはオンプレで、データセンターに自社サーバーを立て、自社ソフトを開発していました。デバイスも全て購入していました。
このようなレガシーシステムを全て廃止し、クラウドとサブスクリプションに移行する。そしてネットワークもゼロトラストにし、社内のバックオフィスも極力 BPO を活用していこう、と方針を決めて動き始めたのがその頃です。
そして2020年、取り組みを始めてから約3か月でフルクラウドに移行しました。これは AWS に乗せ換えただけでエンドユーザから見るとあまり変わっていない状態でしたが、トラブルを減らしコストを削減するという点ではよい取り組みでした。
このような変化を起こし続けることで、最終的にサブスクリプション・レンタルデバイス・ゼロトラスト・BPO だけの構成にすることを目指しています。
移行・導入に関して現在までの進捗をお伝えすると、SaaS の導入率は71.0%、DaaS 導入率は96.6%。ゼロトラストに関しては100%全端末に入っています。
一方、レガシーシステムの廃止の進捗率は86.0%に留まります。シェアードサービスは100%廃止して BPO に移行しましたが、ネットワークの観点で、VPN はまだほとんど残っている状況です。今後も継続して廃止に向けて動いていくつもりです。
また、昨年11月には「DX ビジョン2028」を定めました。これも先ほどお話したミッション・ビジョンの実現に向けて「食の感動体験を探求し続け、真のグローバルフードカンパニーになるためのトランスフォーメーション」という位置づけで整理しています。
具体的には以下の8つのビジョンを掲げています。
- 店舗マネジメント業務の自動化機能の構築
- デジタルマーケティングプラットフォームの構築
- 教育マネジメントシステムの構築
- エネルギーマネジメントシステムの構築
- カーボンマネジメントシステムの構築
- 店舗マネジメントプラットフォームのグループ展開
- 財務会計・内部統制プラットフォームのグループ展開
- データマネジメントプラットフォームのグループ展開
まず店舗マネジメント業務の自動化機能を構築します。これは AI による需要予測の機能を作り、これによってシフトの作成や食材の発注計画、仕込みの計画、これらを全て自動で作ろうということです。要するに定常業務を楽にしてあげるということですね。
2つめはデジタルマーケティングプラットフォームの構築です。これは消費者コミュニケーションとコンテンツマネジメントを全てプラットフォーム化していきます。
3つめは、教育マネジメントシステムです。これはリスキリングや多様な人材・国籍のみなさんに店舗で働いていただきますので、対応した LMS を作っていきます。
そして4つめがエネルギーマネジメント。これも需要予測を使って、消費電力・水の使用量をコントロールしていく仕組みです。コスト削減にもなりますし、サステナビリティの取り組みの一部にもなっていきます。私たちは電力・水を多く使っていますので、効果的だと思っています。
5つめがカーボンマネジメント。自社と取引先の CO2 排出量を可視化していく仕組みを稼働させます。
次に、グローバルのグループ全体で展開をしていく予定のものです。
6つめ、店舗マネジメントプラットフォーム。さきほど自動化の話をしましたが、自動化以外全般を世界のグループ会社に展開していきます。
7つめ、財務会計・内部体制のプラットフォームも同じように展開していきます。
8つめ、データマネジメントプラットフォームについては我々は SaaS だけの利用を進めてきているので、肝となります。
デジタルマーケティングプラットフォームの構築や店舗マネジメントプラットフォームと財務会計・内部統制プラットフォームのグループ展開は既に進めており、その他の5つについてはこれから取り組んでいく予定です。
DX の進め方
このように、2019年以来 DX を進めてきた当社ですが、具体的にどのように推進してきたか、また「DX ビジョン2022」を策定するに至った背景をご紹介したいと思います。
2019年、従業員は IT 部門と業務システムに強い不満を持っていました。そんな状態ですから、経営陣も本当にこれでグローバルフードカンパニーになれるんだろうかという危機感をもっていました。そこで CIO ポストの設置が決まり、私が着任しました。
着任後は以下の流れで DX の方針策定を行いました。
- 現状把握(ヒアリング)
- 財務調査
- 仮説構築
- 提案
現状把握のため、役員・部門長だけでなく店舗も含めた従業員へのヒアリングを行いました。
そして財務調査ではコストの実態を調査するために総勘定元帳を洗いざらい調べました。IT コストは色々な費用の中に埋もれていることが多いためです。
その後、DX を実現するための仮説を構築し、DX を実現した先の姿をイメージした上で初期費用とランニング費用をまとめ、取締役会で IT ロードマップとして提案しました。
結果として、「全システムをリプレイスするわけではないこと」「売上高 IT 比率を増やさないこと」「BS 上の IT 資産を増やさないこと」の3つを守れれば、経営判断としてゴーサインを出せる、ということで、まずはこれでスタートしてみることになりました。
それから1年経ち、元々は社内だけで話に挙がっていた「レガシーシステムを廃止するトランスフォーメーション」だったはずが、その状況を投資家からも情報として求められるようになりました。そこで、「DX ビジョン2022」を対外的にも公開することにしました。こうした背景から「DX ビジョン2022」が生まれました。
前段でも少し触れましたが、「DX ビジョン2022」では具体的に以下のような取り組みを行いました。
- データセンターの廃止
- 会計システムの切り替え
- オフィスツールの導入
- モバイルオーダーの仕組みの導入
- キャッシュレス化の推進
- コールセンターの冗長化
- その他 SaaS の導入
最初に行ったのはデータセンターの廃止。IT 部門が自分から改革するよ、という姿勢を見せないと誰もついてきてくれませんので、まずはここから始めました。次は会計システムを切り替えました。何をやっても最後に会計にデータが発生するので、最初と最後の改革を先に行ってから間を直していこう、という考え方からです。
そしてオフィスツールの導入。これは従業員全員が変化を実感できるエンドのツールだからです。
また、売り上げに貢献できるものという観点ではモバイルオーダーの導入やキャッシュレス決済の推進、そのほか関西と東日本のコールセンターの冗長化を行いました。
別の観点で、私たちは様々な SaaS の導入も行いましたが、その選び方についてもご紹介します。
私たちが SaaS の導入を検討する際は、対象の業務を「グローバル・日本国内」の軸と、「汎用的な業務・独自性の高い業務」という軸で4象限に分けて検討するようにしています。グローバルかつ汎用的な業務に関する SaaS は、そのまま受け入れればよいのですが、その他の領域に分類される業務に関する SaaS はまだ成熟しきっていません。
そのため、そのような業務領域において SaaS を導入する場合は、私たちの要件をお伝えして標準機能に取り込んでもらえるように依頼してきました。そして、これをやってくれるパートナーを積極的に選んでいました。なお、業務の独自性が高い領域においては、SaaS の導入ではなく BPO のオペレーションで吸収するのを基本的な方針として、これまで進めてきています。
トリドールHD のビジネスプラットフォーム
ここからは、これまでに導入してきたものについて具体的にお話したいと思います。
まず「ゼロトラストセキュリティ」。トリドールならではのものではありませんが、会社支給の許可した端末や許可された Web サイトにしかしか繋げられないようになっています。ゼロトラストは IAM、EDR、MDM、SWG、SOC の5つの構成要素で実現しています。
そして、私達の店舗の売り上げをたてるために一番重要な「クラウド POS ステーション」。コロナの影響を最小に抑えるために、インターネットサービスとの連携を強めてきました。更にキャッシュレス端末としては、1台で様々な決済にワンストップで対応できる stera の導入を行っています。
そして、最近はカメラによる商品の自動認識を進めています。丸亀製麺の天ぷらは、お客様が何を取ったかが店員にも判別できないことがあるためです。すでに導入している1店舗では、非常に精度よく稼働しているので、今後1年ほどかけて全店舗へ展開したいと考えています。
店舗業務においては、店長の業務負荷を削減するために、需要予測 SaaS の活用に取り組んでいます。
またデジタルマーケティングとしては、これまで着手できていなかった Google や Instagram 、Facebook などの SNS、ポイントメディア、そしてオウンドメディアの活用を開始しました。
オウンドメディアについては、5つのサービスを使ってコンテンツを管理しています。
ホスティングは「S3」 、コンテンツ管理は「microCMS」、多言語管理は「WOVN」、店舗は「Yext Pages」、アプリは「yappli」。
実際の流れをご説明すると、まず Web ブラウザから CDN・WAF を通って S3 のコンテンツを表示させます。ただ、これでは動的コンテンツに対応していないので、microCMS のコンテンツ API を使って表示させるようにしています。そして WOVN による多言語表示が行われ、最後に店舗ページに辿り着きます。全て CDN が入っている後ろでコンテンツ管理が行われているので、アクセス負荷を気にすることなく、コンテンツ管理ができます。
最後にデータマネジメントプラットフォーム。Magic xpi という EAI/ETL ツールで各 SaaS 間を連携させています。大量のデータを Data Lake に保管し、そこからデータを取得していく仕組みを作っています。これによって他社へのデータ提供・連携を保っています。
DX推進のポイントまとめ
最後に、私たちがどのように DX を推進してきたのか、もう一度整理をしたいと思います。
まず DX 推進者としては、5つの事実を把握する必要があります。
1つめは、経営理念・経営戦略・ESG マテリアリティを押さえること。
2つめは、全部門の業務上の課題や IT システムの要望を聞くこと。これは絶対にやった方がいいです。
3つめは現状把握です。IT 設備について過去の投資額残存簿価を押さえる、IT の費用がどれぐらいかかっているかをきちんと押さえる、その業務にかかっている工数、業務委託費も確実に押さえることが大事です。
4つめに少人数チームで計画の立案。要するに、DX を目指す姿やシナリオの推進体制を作るためにかかるコスト、それが開始から終了までで BSや キャッシュフローにどう影響を与えるかをすべて計画すること、そうして進捗状況を把握します。
最後に DX の進捗状況を、毎月の取締役会で報告し、各部門の責任者と1on1で話します。そうやって DX の機運を高めていきます。同時に、社内の従業員や社外に対しても発信することで、従業員が「うちって結構ちゃんと取り組んでるんだね」と感じられるようになり、 DX が浸透したり取引先から「トリドールHD にはこういう提案をすればいいんだ」をご理解していただけるので、DX を推進しやすくなります。
以上、トリドールHD の DX の取り組みをお話させていただきました。ご清聴ありがとうございました。
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佐藤菜摘
前職は、広告代理店にて大手CVSの担当営業として、販促物製作やブランディングプロジェクトに従事。2016年WOVN Technologies株式会社に入社し、広報業務を担当。2022年よりMarketingチーム。