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外国人に響くブランド価値の読み解きと届け方― 旅先での出会いから、選ばれ続ける関係へ ―|花王 野原氏・森永乳業 山西氏・タカラトミーアーツ 大槻氏|GLOBALIZED インバウンド
佐藤菜摘
本記事のポイント
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グローバルでのブランド成長の鍵は「感情」と「体験」
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インバウンドは、グローバルでブランドを育てる起点であり、知見を得る場
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当たり前を手放し、外国人のリアルな声から学ぶことで、新たなブランド価値が見つかる
Wovn Technologies株式会社は、2025年10月7日に「GLOBALIZED インバウンド」を開催し、「世界は、もっと日本を好きになる 〜AI・多言語で拓く、15兆円に向けた訪日インフラ整備〜」をテーマにセッションをお届けしました。
ブランドに関するゲスト講演では、花王株式会社の野原 聡 氏、森永乳業株式会社の山西 啓代 氏、株式会社タカラトミーアーツの大槻 淳 氏を迎え、「外国人に響くブランド価値の読み解きと届け方 ― 旅先での出会いから、選ばれ続ける関係へ ―」と題して、外国人のニーズの捉え方から、多様化する価値観に応じたブランドの魅力の伝え方についてお話しいただきました。本レポートではその内容をご紹介します。
【登壇者】
野原 聡 氏
花王株式会社
ヘアケア事業部 ブランドマネジャー
2006年入社。「アタック」のマーケティング、営業を担当したあと、花王中国で3年間、デジタル・ECを中心としたマーケティングを経験。現在、ブランドマネジャーとして国内インバスヘアケアカテゴリー(melt、the Answer、MEMEME、INES、エッセンシャル、メリット、セグレタなど)のマーケティングに従事。
山西 啓代 氏
森永乳業株式会社
マーケティング本部マーケティングコミュニケーション部 マネージャー
総合広告代理店で、飲料、IT、食品など多岐にわたるクライアントのコミュニケーションプランニングを担当。その後、2015年に森永乳業に入社。入社後、デジタルメディアやSNSプランニングを手がけ、現在はマウントレーニア、リプトン、ピノ、パルム、モウなどの嗜好品ブランドコミュニケーションを幅広く担当している。
大槻 淳 氏
株式会社タカラトミーアーツ
ガチャ・キャンディ事業本部 ガチャ企画部 部長
2000年に株式会社ユージン(現タカラトミーアーツ)に入社。ガチャ/キッズアミューズメント筐体の営業・マーケティングを経験したのちに、2020年より現部署にてカプセルトイの開発を担当。年間600を超えるカプセル玩具の開発マネージメントを担当している。
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目次 |
WOVN:
メイドインジャパンのブランドは、訪日外国人の方にとっても、日本への旅行の目的の1つにもなっているのではないでしょうか? 本日は、異なる業界でブランドづくりに携わられているお三方をお招きし、各社のブランドに対する捉え方や具体的な取り組みについて掘り下げていきます。
ブランドづくりに欠かせない「感情」
WOVN:
まず、ブランドづくりで大事にされている考え方について、お伺いさせてください。
野原(花王):
ブランドや商品を作る上で最も大切にしているのは、生活者の方々の「心が動くか」という点です。外国人であれ、日本人であれ、その感情を揺り動かすことができるかを考えながらブランドを構築しています。グローバルでブランドを成長させるためには、機能やスペックではなく、感情に訴えかけることが重要です。
例えば、髪の毛に対する機能的なニーズは国によって異なります。しかし「髪が美しい」と感じた先に生まれる「自信が持てる」「心地よくなれる」といった感情は共通しています。一つの特定の感情をしっかり捉えることで、ブランドそのものが生き生きし、時間軸やグローバル空間軸を超えた一貫性が作れると思います。

(花王 野原氏)
山西(森永乳業):
私は主に広告宣伝の部署でコミュニケーションを主に担当しています。いち生活者からすると、広告をたくさん目にしても覚えていないことも多いと思います。私たちとしては、ただ届けるだけではなく、お客様の頭の中や心にしっかりと「残す」ことを重視しています。商品や広告でどんな人に喜んでいただきたいかを想像し、全てを「受け手発想」で考えることを大切にしています。
また、受け手発想を考える際は、フレームワークを使うというよりは、どういうお客様に届けたいかを、1人の暮らしや感情を細かくイメージを膨らませていくようにしています。

(森永乳業 山西氏)
大槻(タカラトミーアーツ):
ガチャの企画開発をするときに大切にしていることは、お客様がガチャを回す時やカプセルを開ける時に「ドキドキワクワク」してもらうことです。これに加え、企画担当者自身が、心から好きな IP で「ワクワクする商品を作ろう」という気持ちを持つことが重要です。

(タカラトミーアーツ 大槻氏)
インサイトと体験でブランドを広げる。インバウンドを起点にした花王のグローバル展開
WOVN:
インバウンド市場をどう捉えていますか?また、実際に取り組まれてみて、意外だった反応や新しい発見はありましたか?
野原(花王):
当社では、インバウンド市場をグローバル展開の「入り口」として捉えています。外国人の方が自発的に来店し、商品と接点を持つことができるため、ブランドのグローバル化の道のりにおける最初の「孵化装置」、つまりインキュベーションセンターとして位置付けられると考えています。当社でも、「メリーズ」のように、どんどん自然に売れ始め、後からその理由を調べて戦略を立てる事例もありました。
インバウンドを起点としてインキュベーションして、世界に広げていこうと取り組んでいる事例が、ヘアケア(高価格帯シャンプー)です。シャンプーは、重くて持ち帰りにくいこともあり、インバウンドで購入されにくい商材ですが、私自身の花王中国での経験を活かし、どう取り組んだかをご紹介します。
まず、どのシャンプーを売り込むか、つまり「何で戦うか」を決めるため、中国国内の SNS ビッグデータや、訪日中国人何人かへのヒアリングにより、インサイトを発掘していきました。
インサイトを捉える上で重要なポイントは2つあります。1つは、ニーズの適合性です。例えば、日本ではシャンプーは「髪の美しさ」を重視しますが、中国では「薄毛」を気にし、その防止のためにシャンプーを使う傾向があります。日本とニーズが全く違うため、提供する商材も異なってきます。また、ポイントの2つ目は、ニーズを得た後も、使用感(知覚品質)が海外の方に適合しているかです。SNS のビッグデータでニーズを捉え、HUT(Home Use Test)で知覚品質として心地よく感じてもらえるかを調査しました。
この調査の後、インバウンド施策だけでなく、現地の Instagram に似た SNS「小紅書」でも仕掛けるなど、アウトバウンド施策、つまり中国側での施策も展開しました。
なお、最近のインバウンド施策では、「体験(コト)」の中に「モノ」を組み込む仕掛けがハマりが良いと考えています。そのため、中国人インフルエンサーの方をサロンに招待し、シャンプー体験を実況してもらいました。この取り組みの反響もあり、2年目にはオーガニックな口コミが小紅書で増え始め、売上も1年目に比べて約6倍と、越境でもインバウンドでも成長しました。

「ザ・日本」よりも「普通」が売れる?タカラトミーアーツが捉えるインバウンドの今
大槻(タカラトミーアーツ):
当社は、成田空港、羽田空港、関西国際空港など、インバウンド向けにガチャの売り場を設置しています。空港の売り場で気づいたことが3点あります。
1点目は、ガチャ体験自体を楽しんでいる方が多いことです。たくさんの商品の中から探し、回す楽しみは、外国人の方も日本の方も変わらない普遍的な価値観だと気づきました。
2点目は、売れる商品は特別ではないという点です。当初は忍者や侍といった日本的なモチーフの商品が求められると考えていましたが、実際に売れているのはサンリオやポケモンといった、日本の IP 商品や当社オリジナルの商品です。空港の売り場も、日本の普通の売り場と特徴的な差があるわけではないという気づきがありました。
3点目は、ハンドルの回し方についてです。日本のガチャガチャは通常右ハンドル側に回しますが、海外の方は左に回されることが多く、回し方に戸惑う方が非常に多かったです。そのため、成田の売り場では、ハンドルをどちら側に回すのかを強調したサインを設置し、迷わないように工夫しました。
WOVN:
売れる商品は特別ではないということですが、その背景を詳しく教えていただけますか?
大槻(タカラトミーアーツ):
日本のガチャ売り場に行き、ガチャを買うこと自体、SNS で情報が流れており、ガチャをする体験自体が目的になっているのだと感じています。また、インバウンドの方々はありきたりな日本体験に飽きている面もあります。いわゆる「ザ・日本」のようなものよりも、普通のものが好まれるのかもしれません。
野原(花王):
何度も日本に来る方が増えていることも背景にありそうですね。
WOVN:
観光庁のデータによると、訪日外国人の方は年々リピーターが増えていて、7割近い方が一度日本に来たことがあるようですね。
そして、タカラトミーアーツさんは、LA にてアニメエキスポへの出展もされているのですね。
大槻(タカラトミーアーツ):
日本のポップカルチャーを紹介するアメリカ最大のイベントであるアニメエキスポに出展して、商品を販売しました。当然、アニメ関連商品が売れる中で、意外にも「ふんばり〜ぬ」という当社オリジナルの商品が売上6位に入りました。日本でも非常に売れた商品でして、開発者が遊び心を持った、ドキドキワクワクする商品は、全世界で変わらず通じるのだと実感しました。

「当たり前」を見つめ直す。森永乳業が外国人の生の声から掴んだ発見とは?
山西(森永乳業):
当社は、外国人のお客様が増えている中で、「何から始めていいかわからない」というところからスタートしました。そこで去年の夏、私ともう1人の担当者で渋谷へ行き、外国人の方に突撃インタビューを行いました。
インタビューでは、日本に来た目的や旅マエの情報収集で使ったメディア、当社の商品の認知度などを直接聞きました。多くの人が当社の商品を知らない一方で、私たちにとっては当たり前の「コンビニ」が、外国人の方にとっては非常に特別で、ワクワクする存在だと気づきました。TikTok では「#konbini」と検索すると、大量の商品を買って開封の儀を行う動画がたくさんあります。この気づきから、ゴールとして「日本のコンビニで買うべきものに仲間入りしたい」という目標を掲げました。

その後、浅草で5日間のイベントを実施しました。コンビニで手に入る「マウントレーニア」「パルム」「ピノ」「北海道ミルク」の4商品を、実際に外国人の方に試食・試飲していただきました。イベント会場の前にあるドン・キホーテ様にも特別に4商品を陳列していただいたことで、多くの外国人のお客様にご購入いただくことができました。
パルムは「はむっとした食感」が特徴ですが、「あなたの国の言葉でこの食感をどう表現しますか?」という体験型の企画を通して、さまざまな感想を伺いました。海外のチョコバーアイスは、チョコが厚く、噛むと崩れるタイプが一般的ですが、パルムのなめらかな食感に対しては、「クリーミー」「滑らか」「ベルベット」「シルキー」「マシュマロ」といった、日本人にはあまり馴染みのない表現が多く挙げられました。ほとんどの方が初めて体験する食感だったようです。
ピノについては、アイスの容器を多くの方が玉手箱のように開けるのではなく、横から無理やり開けようとしていたことにも驚きました。このイベントから、「日本の当たり前を当たり前だと思ってはいけない」と強く感じました。

山西(森永乳業):
また、外国人の方にとって、日本で飲みたい飲料として「牛乳」の人気が高いことにも驚きました。台湾や香港の方々にとって、日本の牛乳と母国の牛乳は味が違うようで、「持って帰りたい」「また飲みたい」という声が多く聞かれました。これまで、「日本らしい商品」として牛乳を意識していなかったので、大きな気づきになりました。
今回は実証実験ではありましたが、生の声から得られた表現は、今後のコミュニケーションでヒントになると感じていますし、今後の商品展開でも活かしていきたいと思っています。
インバウンドの知見を元にグローバルへ。各社が描く今後の展開
WOVN:
今後、商品やブランドを海外の方々に届けていくために、どのような取り組みを考えていらっしゃいますか?
野原(花王):
インバウンドを単なる「チャネル」として捉えるのではなく、グローバルでブランドを育てるための1つの「起点」として位置付ける必要があります。そのためには、自部門だけでは難しく、海外の事業部や現地の会社、そして販売店さんを含めた様々な方と連携しながら取り組んでいくことが重要だと考えています。
インサイトを捉えて早く実践するためにも、社内メンバーや販売店さんなど社内外の多くの関係者の方に、早く情報を伝えて、優先度を上げてもらえる仕組みが必要になります。グローバル戦略の中でインバウンドをどう捉え、会社の組織として構築するかという点も非常に大事だと思います。
大槻(タカラトミーアーツ):
当社において、インバウンドは、今後海外に出ていくための知見を得る場だと捉えています。ガチャを回して買うこと自体を楽しんでいるという普遍的な価値や、ハンドルの回し方のような予期せぬ気づきから、「体験自体に価値がある」と考えています。単に商品を外に出すのではなく、ガチャガチャのハンドルを回して買う「カルチャー自体」をグローバルに広げていきたいです。
山西(森永乳業):
今、外国人の方々は、観光地を巡るよりも、当たり前の日本の暮らしやコト消費・コト体験に魅力を感じている方が多くなってきています。そういった方々にも、コンビニやスーパーで買える商品を通じて、日本の文化や味の繊細さを伝えていきたいです。具体的には、旅マエの情報作り、旅ナカの体験、そして旅アトに SNS 等で広げてもらえるような設計をしていきたいです。

WOVN:
最後に、ブランドづくりに携わる方々へメッセージをお願いします。
野原(花王):
日本市場での競争はゼロサムゲームです。インバウンドに取り組み、グローバルに目を向けることは、日本市場全体の活性化にとっても良いことだと思います。色々な方がチャレンジすることで、面白い動きが生まれていくのではないでしょうか。
山西(森永乳業):
日本から外に出てみると、自分たちの会社がほとんど知られていなかったという現実に気付かされることがありますので、まず現場に行って直接話を聞くことが重要です。海外事業部など様々な部署と情報交換をすることも、非常に勉強になります。当社でも、インバウンドの先も含めて、これからも取り組んでいきたいと思います。
大槻(タカラトミーアーツ):
私たちが常識だと思っていることは、海外の方にとっては常識ではありません。グローバルにいきなり行くよりも、まずインバウンドで知見を貯めて、そこからステップアップしていくのが非常に良いと思います。今のインバウンド市場でのチャレンジは、先の将来を見据える上で価値のあることだと強く感じています。

Web サイト多言語化のご相談は WOVN へ
Wovn Technologies株式会社は Web サイト多言語化ソリューション「WOVN.io」を提供しています。多言語化についてご興味のある方は、ぜひ資料をダウンロードください。
佐藤菜摘
前職は、広告代理店にて大手CVSの担当営業として、販促物製作やブランディングプロジェクトに従事。2016年WOVN Technologies株式会社に入社し、広報業務を担当。2022年よりMarketingチーム。
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